「今までなら答えをくれたし、私が出来なければ代わりに征十郎がやってくれてたんです。でも今回のは、玲央先輩に訊いてみればいいとしか言ってくれなくて」

「…そうなの」


公認の幼馴染み───いや、もはや許婚のような赤司がそこまで彼女を寵愛していたのかと思うと胸は痛んだが、それ以上に自分にチャンスが巡ってきたことを実渕は嬉しく思っていた。

その絶妙なパスは、言わば一方的に敵対視している彼からのものであるあたりが、恨めしくもあったが。


「どうしたらいいんでしょうか」

「とにかく話してごらんなさい。嫌なら無理にとは言わないけど」


ぎゅっと唇を噛み締めた名前は、次の瞬間実渕の手を取り、そして───


「…名前ちゃん?」


自身の胸元へと押し当てた。

いくら実渕が女性的であると言っても、彼女のそこがけして豊かな方ではないと言っても、それとこれとは別問題である。

大きく目を見開き固まってしまった実渕の掌に伝わるのは、力強く脈打つ鼓動。

それは力強いだけでなく、驚く程の速さで拍を刻み続けている。


「ずっと、ずっとドキドキしてるんです。廊下でたまたま先輩を見かけたときとか、部活中にこっちを向いてくれたときとか、名前を呼んでくれたときとか、言い出したらきりがなくて…」


彼女自身混乱しているのだろう、ストレートに語りながら乾いた唇を湿らせるその行為が酷く扇情的で、実渕の中にみるみるうちにどす黒い感情が渦巻いていく。

それらを押し殺して、実渕は漸く詰めていた息を吐き出した。


「名前ちゃんはそれの意味が分からなくて、征ちゃんに訊いてみたのね?」

「…はい。そうしたら玲央先輩に訊いてみればいい、と。玲央先輩なら、私に合わせて一から丁寧に親切に教えてくれるから、って」


それを聞いて、実渕の唇が弧を描いた。

やっと繋がったのだ。

勝手に敵だと思っていた相手は、頭のいい彼らしい素晴らしい筋道を切り開いてくれていた。

裏を返せば、彼女が本当に幼馴染みからの情報しか知らない無垢な少女であるというのをまざまざと思い知らされたわけで、この点は嫉妬せざるをえないが、それでもこれからは先輩として少しずつ、彼女に合わせてゆっくり手取り足取り教え込んでいいということなのだ。


「こんな幼馴染みがいて、よく平気でいられたわね、あの子」


自嘲的に呟いてから、今度は実渕が名前の手を引き、彼女の耳が胸元に来るように腕の中へ導いた。


「速いでしょ?名前ちゃんといるとずっとこうなの」

「…はい」

「病気でも何でもないから、怖がることはないわ。出来るだけ丁寧に親切に教えるから…とりあえず今日から一緒に帰りましょうか」

「でも征十郎が…」


やはり彼女の中では幼馴染みの彼が一番らしい。

もう少し大人になった彼女に、これはその幼馴染みが仕向けたことだと言えばどんな反応を返してくれるだろうか。


「征ちゃんには言っておくから。それとも…一緒に帰るのは嫌かしら」

「嫌じゃないです。ただ……何でか分からないですけど、恥ずかしくて」

「……それもこれも全部、ゆっくりじっくり教えてあげるわね」


五将の1人と名高い彼と、過保護なまでに囲われている純白のマネージャーが作る甘い空気にひそひそとざわつく部員達の奥で、もはや主犯でもある主将が密かに微笑んでいた。

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