「…………何だったんでしょうか」
「さあ?」
陽泉の壁、2メートル越えの高身長の2人は、体育館外へと消えていった。
噎び泣く声は今も聞こえているが、名前も福井も聞く耳持たずである。
「あ、名字」
「はい」
「オマエ今から『はい』以外発言禁止な。副主将命令」
「…はい?」
とうとう副主将まで頭が沸いたのかと目を瞬かせた名前だったが、福井の表情は至っていつも通りだ。
本気ということなのだろうか。
「こないだ冷却スプレーの予備無くなりそうっつってたろ?」
「はい」
「アレ今度買いに行くぞ」
「……はい」
突然の副主将命令で何故か肯定しか許されない名前は首を縦に振った。
冷却スプレーの在庫については数日前に報告した通りであるし、それを買いに行くと言われて返す言葉はこれしかない。
「それから、こないだ商店街にパンケーキの店が出来てどうこう言ってたろ?」
「ああ、はい」
「クラスの女子で食いに行った奴いんだけど、かなり当たりらしーぜ。女ってホントあーゆーの好きだよな」
「…はい」
「まだ行ってないなら連れてくけど?」
「……………………………はい」
確かにこのパンケーキ店の話も、数日前に福井達とした話である。
だからと言って別に一緒に行こうという意味で言ったわけでもないのだが、逆に彼と行くのが嫌というわけでもない。
むしろ、よく話を覚えていてよく誘ってくれたな、というぐらいである。
結局たっぷりの間の後、彼の命令通り頷いてみせた名前だったが、それを見た福井の切れ長の双眸が僅かに色を変えた。
「オマエ本当に『はい』しか言わねーな」
「そうしろって言ったの誰ですか」
「いやオレだけど、もーちょい引っ掛かると思ってた」
やはり副主将も、この茹るような熱気に負けてしまったのだろうか。
色々ツッコみそうになったが、名前はそれを全て飲み込んだ。
「まあそう言うわけで、週末空けとけよ。デートだデート」
「デート…!?」
ふわりと頭を撫でたのは、はにかんだように表情を崩した福井の手。
彼の口から飛び出すとは思っていなかった単語に目を白黒させている間に、副主将は次の獲物の方へ行ってしまった。
「こら敦!勝手に触んじゃねーよ殺されんぞ!」
「えー、殺されねーし。つか名前ちんと出掛ける約束してたんじゃねーの?やっとなんでしょ?」
「何で知ってんだよ!」
休憩時間らしい騒がしさをBGMに、名前は高鳴る胸元に自分の手を置いた。
脈打つ鼓動が己の動揺を伝えてくる。
「洋服何着よう…化粧とかちゃんとした方がいいのかな…え、どうしよう」
呆れる程スローテンポで歩み寄る2人だが、その背後には焦れったさのあまり大勢のクセ者が控えているのだった。
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