「えっと…名字さん、ちょっといいかな」

「うん、どうしたの?」


私のクラスに彼が来たのは1ヶ月前のことだった。

甘いマスクに、どこかミステリアスな雰囲気。

バスケがずば抜けて上手い、本場アメリカからの帰国子女。

それなりに大きくて、ミッション系の高校としてそこそこ有名なこの陽泉にどんな子が入ってくるのかと思ったら───前述のような人である氷室辰也は、転校初日に男女問わずに絡まれ、あっと言う間にクラスに溶け込んでしまった。

運が良かったと言えばいいのか悪かったと言えばいいのか、その氷室辰也の学校案内係に任命されたのが、たまたま隣の席になった私だ。

だだっ広い校内の案内、校則の説明、その他にも教科書を見せたり、ど忘れしてしまった日本語を通訳したりするのが私に課せられた使命なのである。


「図書館の使い方を教えてくれないかと思って」

「ああ、恒例のあの活動のだね」

「そう。色々調べて来いって言われても、全部ネットから引用するわけにいかないからね」


私は二つ返事で彼の頼みを聞くことにした。

転校して1ヶ月しか経っていないのだから、あまり利用する機会もない図書館の使い方を知らないのは当たり前だろう。

───だがその後、私はたった5分で5分前の判断を後悔した。

教室から図書館へ移動する間、それはもう大変だったのだ。

ヤケに大きい氷室くんの後輩(らしい)には、"室ちん、そのちっさい人なにー?"ってなんか見下ろされるし、女子生徒からは黄色い声と同時に妬みのような視線も向けられるのである。


「………ほんと氷室くん人気者だね」

「え?」

「皆からの視線が痛い」

「それは名字さんが可愛いからじゃないかな」

「………帰国子女怖い」


精神的ダメージを受けながらも、私たちは目的地に到着した。

何の変哲もない図書館ではあるが、その土地面積はかなりのもので、我が校の自慢の1つでもある。

半ば項垂れながら足を踏み入れれば、驚いたのか氷室くんが息を飲んだのが分かった。


「なかなかでしょ?」

「ああ、話に聞いてはいたけど凄いね」


縦にも横にも奥にも広々とした室内には、閲覧用のテーブルと椅子だけでなく自習用のテーブルと椅子、PCもかなりゆったりと配置されているし、高さのある本棚もかなりの数が立ち並んでいる。

正直、ここから目当ての一冊を探し出すのは一苦労だ。


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