「ねぇ、緑間くん!緑間くんってば…ちょっと…もう、真ちゃん!真太郎!」
足を縺れさせながら名前が名前を呼べば、緑間は非常扉を潜り抜けてから漸くその歩みを止めた。
通常のものより重く厚い扉で隔てられた此処ならば、彼の名を呼んでも構わない。
「和成たち凄い顔してたし…絶対怪しまれたよ、あれ」
自分より遥かに大きい背中に声をかけても、緑間から返事は返ってこなかった。
しかし、腕は確かな力で掴まれたままである。
「真ちゃんってば…」
意味が分からない───と名前が顔を覗き込もうとしたとき、相反して緑間が振り返った。
そして動きを封じるように、名前を扉へ押し付けた上で、顔の横へと両手をつく。
両唇は合わさったままだが、緑の双眸は冷たく熱く囲った彼女を見下ろしていた。
「…………………ごめんなさい」
ただならぬ雰囲気を肌で感じた名前から零れ出たのは、謝罪の言葉。
「何がなのだよ」
「私頭悪いから分かんない…けど、真ちゃんが怒ってるのは分かるよ」
「それが分かっているなら、まずその呼び方をやめるのだよ」
「分かった」
「それから………もういいだろう」
"もういい"───緑間の言葉の意味を察した名前は顔色を変えると、目の前の彼へ縋りつく。
「ダメダメダメ無理無理無理!どうしたらいいか分かんない!」
「別に何も変わらないだろう」
「変わる!私が変わる!」
「今更だな。もう高尾は知っているのだよ」
ぴしり、と名前の胸中に亀裂が入った。
「うそ」
「本当だ」
「いつから…?」
「オレたちが付き合い始めた次の日には、気付かれていたのだよ」
「うそー!」
涙目になって項垂れる名前の脳裏に、今まで散々関係をからかわれてきた幼馴染みの顔が浮かぶ。
確かに彼との幼馴染み関係が変わるわけではないが、名前からすればそんな問題ではないのだ。
しかも心の準備も出来ていないまま、既に高尾はこの事実を知っているというではないか。
「名前」
「…?」
「そんなにアイツに隠したいのか」
「違う!…や、違うことはないけど、和成が好きとかそういうことじゃなくて…」
緑間の機嫌が更に悪くなったのを察し、名前は目を回さん勢いで混乱していた。
「ほんとに真太郎のことは好き。大好き。でも、その、やっぱり…」
「…分かっているのだよ」
緑間は恵まれたその長身を折り曲げ、泣きっ面の名前へ端正な顔を寄せる。
「ただ…高尾の好きにさせておくのが気に食わんだけだ」
そして彼女の最も近くにいる幼馴染みを振り払うように、本音を漏らした唇を落とした。
勿論、さり気なく名前の頭を撫で、髪を梳きながらであるのは言うまでもない。
← return
[2/2]