「遥先輩」

「遥センパイ」


右側には表情を動かさず静かに何かを訴える黒子、左側には拗ねているような表情で前のめりに何かを訴える黄瀬、そして後ろには何の変哲もないただの壁。

何故こんな状態になってしまったのか、後輩に挟まれ身動きが取れない遥は非常に困っていた。


「えっと…」


4つの瞳に見つめられ、言葉に詰まる。

先に仕掛けたのは黄瀬だ。


「センパイ、オレと放課後デートするって約束したっスよね?」


遥が口を開く前に彼女の腕を掴んで持ち上げると、彼は見せ付けるようにその手首へ口付けた。

黄色い双眸で遥を捕らえたまま、唇を優しく滑らせていく。

その仕草に妖艶さや切なさが垣間見えるのは、自分の容姿や遥の性格を理解している彼の策のせいだろうか。


「遥先輩、このままでは黄瀬君の思う壺です」


黄瀬に思考を奪われていた遥の耳元に小さく吹き込まれたのは、逆側にいる物静かな後輩の声だ。

その声と共に、温かいものが首筋を掠める。

反射的に肩を跳ねさせた遥がそちらへ振り返ると、いつもと変わらぬ表情のまま、黒子はまっすぐ遥を見ていた。

両の瞳は、やはり何かを訴えるように輝いている。


「ちょ、センパイとらないでほしいっス黒子っち!」

「…………」

「え、何その無言!?」


割って入って抗議する黄瀬だったが、黒子の無言の返答にあっさり負けてしまう。


「…3人でって選択肢はないの?私、テツヤと涼太で両手に花がいいな」


黒子と黄瀬、親しい後輩のどちらかを選ぶなど、遥には不可能だ。

先程まで黄瀬に掴まれていた腕を自分の胸元に引き寄せながら、たじろぎ気味の彼女が切り出すと、後輩は揃って口を開いた。


「両手に花…ですか」

「両手に花…っスか」


顔を見合わす2人。

遥の言う"両手に花"が引っかかるらしい。


「駄目?」


遥からすれば、意図せぬダブルブッキングの解決策として最適の選択である。


「一時休戦、っスね」

「休戦も何も、別に勝負してませんけど」


そもそも、こうなった経緯は至極単純だ。

たまたま自身の部活動がいつもより早く終わった黄瀬は、遥を驚かせようとアポなしで誠凛へ駆けつけた。

しかしお目当ての遥は、黒子と行きつけのファーストフード店に行く約束をしていたのである。

こうしてかち合ってしまったわけだが、どうにかしようと悩む先輩に対し、何故か後輩2人は妥協を躊躇う様子を見せた。

その結果、後輩に挟まれる先輩の図が出来た、というわけだ。


「じゃあ時間勿体ないし、行こっか」


そう言って後輩たちの制服の裾を掴むと、遥は返事も聞かずに歩き出す。

両手に花でご機嫌な先輩に先導されながら、なんだかんだ笑顔の黄瀬はさりげなく手を繋ぎ、なんだかんだ嬉しそうな黒子は半歩後ろから寄り添うように、放課後デートを開始することとなった。




腕と首に欲望のキス


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