遥はしゃがみこみ、茶色い球体を凝視していた。

手に馴染む感触を確かめつつも、穴が開く程まっすぐに見つめている。

だがそれにいくら視線を送ったところで、思いが伝わるはずがない。

隣に腰を下ろし、球体に夢中な遥を眺めていた青峰は呆れたように溜め息を吐く。


「いくら見たところで、出来るよーになるわけねーだろ」

「もしかしたら、気持ちが伝わって出来るようになるかもしれないでしょ?」


咄嗟に言い返した遥だったが、その瞳は両手で挟んだ茶色い球体───バスケットボールに向けられたままだ。


「いや無理だろ」


怪訝そうな表情で頭を掻き、青峰は遥の手からボールを奪う。

視界から消えたそれを追って慌てて振り返った彼女を、やや無理矢理自身の足の間に座らせて後ろから抱え込むような体勢になると、彼はあっさりボールを返した。

身を捩る遥にはお構いなしに、指通りの良さそうな彼女の髪を悪戯に弄びつつ、青峰は再度溜め息。


「仕方ねーから手伝ってやるよ」

「…ありがとう」


遥は一瞬目を丸くしたが、短く礼を言うと用意をし始めた。

立てた人差し指の上にボールを乗せ、バランスを取る。

その手に、骨張った大きな手が重なった。


「これでいーんだろ?」


青峰に支えられた遥の手の上で、青峰に支えられたもう片方の手により、バスケットボールは回され始める。


「回ってる…」


遥は嬉しそうに口を開いた。

自身の指の上でボールを回すという、バスケ関係者なら誰もがしたことがあるだろうこのちょっとした遊びは、指の力やバランス感覚など様々な要素が足りなかったために、彼女1人では為し得なかったことなのだ。

青峰の力を借りてはいるが、今確かに遥の人差し指の上で、バスケットボールは軽やかに回転している。


「で、なんで急にこんなことしたいとか言い出したんだよ」


タイミングよくボールに触れながら、青峰は訊ねた。


「前からしてみたかったし、テツヤと火神くんが回してるの、よく見るから」


ボールに心奪われているらしい遥は、至極単純な理由を返す。

つまらなそうに眉根を寄せた青峰だったが、遥にその表情が見えるはずがない。


「ふーん」

「大輝となら出来るかなって思っ───」


突如首筋に鈍い痛みが走り、遥は身を強張らせた。

そのせいで零れ落ちたボールは遠くへ転がっていってしまう。


「え、何したの?」

「噛んだ」

「噛んだ?」


開き直ったかのような予想外の返答を受け、遥は仄かに痛みの残る首筋を押さえて振り返ろうとするも、青峰の腕が体に絡み、あっという間に身動きが取れなくなった。


「いーじゃねーか。ちょっとぐらい」

「何が…?」


困惑から不安そうに青峰に訴える遥。

相手が見えず行動を読むことも出来ずで戸惑いが露な遥の腕を手に取ると、青峰は喉の奥で笑いながらそっと唇を寄せた。


「ま、取って食うわけじゃねーし大人しくしとけよ、遥センパイ」




腕と首に欲望のキス


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