「オマエさ、よくそんだけ文字ばっか見てられるな。いくら好きっつっても限度あるくね?」
一通りストレッチをし終えた若松は、頬を流れる汗を首にかけたタオルで拭うと、遥の隣に腰を下ろしながら訊ねた。
麗らかな休日の昼下がり、本屋から帰宅途中だった遥と走り込み中だった若松が出くわしたのは、今から30分程前のことだ。
同い年ということや共通の後輩を持つことから交流もある2人は、近くの公園で片や読書、片やトレーニングと、行動は別ではあるが同じ時を過ごすことにしたのである。
「…………」
口を閉ざしたままの遥の双眸は瞬きも忘れ、手元の細かい文字を一字一句逃さぬ勢いで追っていた。
「七瀬」
若松の声が届かない程集中しているらしい。
俯いた横顔は動かず、彼を捉えることはなさそうだ。
不満そうに口元を結び、彼女の手元を覗き込む若松。
遥が熱心に見ているそれは、本日書店に出回ったばかりの月刊誌、月刊バスケットボールマガジンだ。
毎月隅々まで愛読している雑誌のせいで、すぐ隣にいる若松の存在は完全にアウト・オブ・眼中なのである。
「………どんな集中力だよ、マジで」
ふてくされた様子で独りごちると、若松は僅かに身を乗り出した。
休めていない瞼に唇で触れると、遥の肩が凄まじい早さで跳ねる。
「!?」
集中していたため何があったのか理解出来ていないらしい遥は、読書中の分を補う程瞬きをしながら、何度か周りを見渡した後いつの間にか隣に座っている若松を見た。
その驚きように、彼は笑いを噛み殺しているようである。
「集中しすぎだし驚きすぎだし、人の存在無視かコラ」
「えっ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど…」
遥は雑誌を閉じた。
その下には、買ったばかりの医学書や栄養学の本も見えている。
「……オマエやっぱすげーわ。マジ何者だよ。バスケのマネージャーの申し子か?」
遥は不思議そうに首を傾げた。
言いたいことはなんとなく分からないこともないが、言葉の使い方を誤っているようである。
「申し子…?ちょっとよく分からないけど、バスケ好きだから。若松くんもでしょ?」
「……まあ」
若松はばつが悪そうに、口ごもりながら言った。
遥は小さく笑う。
「トレーニング頑張ってたもんね」
「や、オマエ見てなかっただろ」
「見てたよ」
「嘘つくな。すぐ月バス読み始めたじゃねーか」
「見てたの?」
若松の顔が引き攣った。
遥は何気なしに聞き返したつもりかもしれないが、彼が受けた衝撃はかなりの大きさだ。
「うっせー見てねーよ!!」
若松の叫びが穏やかな公園に響き渡った。
瞼に憧憬のキス
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