火神と遥が2人きりになるのは非常に珍しいことだった。

火神の隣にはいつの間にか黒子がいることが多いし、学年の違う遥はカントクたち2年生といることが多くて当たり前。

だからと言って、仲が悪いわけでも2人きりになったことがないわけでもないのだが、どこかアンバランス感が否めない組み合わせなのだ。


「止まないね」


空を見上げ、遥は言った。

機嫌を損ね泣き出したそれは、相当ご立腹らしい。


「…そっすね」


隣にいる火神も同意する。

屋根があるため濡れる心配はないのだが、この天候では到底帰れそうにない。


「ワンッ」

「ギャ─────!!!!!」

「!?」


突如聞こえた苦手な動物のものらしき鳴き声に、火神は悲鳴を上げて反射的に飛び跳ねた。

その反応に驚いた犬は素早く逃げ出したのだが、後退った火神は勢い良く遥と激突してしまう。


「えっ…!?」


足が縺れて倒れ込んだ火神と遥が体を起こすと、偶然、ほんの一瞬、唇が触れ合った。


「!!?」

「!!?」


一昔前の漫画のようなベタな展開に、目を見開いて固まってしまう2人。

辺りには、幾粒もの雨が地面を叩く音だけが響いている。


「…………火神くん」


先に我に返り、口を開いたのは遥だ。


「…………なんすか」


色々と葛藤していたのか、火神は口ごもりながら返事を返す。

頬をやや赤く染めている遥は、彼の予想を大きく裏切る言葉を投げかけた。


「ごめん、腰抜けちゃった」

「はあ!?」

「ビックリしちゃって…」


そもそもぶつかる前に火神の叫び声に驚いていた彼女は、諸々の衝撃が重なって足腰に力が入らないらしい。

これには、遥本人も苦笑しか出来ないようだ。


「あ、でも大丈夫。あっちは事故だし…ね、うん。私は気にしてないから、火神くんも気にしないで、忘れて?」


その途端、遥を起こそうとしていた火神の動きが止まる。

不満げに口元を引き結ぶと、遥と目線が合うよう体勢を変えた。

彼の双眸に、怒りのような激しい光がちらついている。

思わず身を引こうとした遥だったが、火神はそれを見逃さなかった。


「忘れんなよ」


そう吐き捨てると、追いかけるように遥の口を己のもので塞ぐ。


「……ですよ」


虎視眈々とまではいかないが、"When opportunity knocks, answer the door."。

水面下で騎虎の勢いな火神は、ふてくされた様子で目を逸らした。




唇に愛情のキス


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