妙な沈黙が続いていた。
ファーストフード店の一角で、先程から、会話が弾んでは沈黙という寒暖を数回繰り返していたのだが、今度の沈黙はとびきり長い。
「……あ、そう言えば、皆さんお元気ですか?」
漸く遥が口を開けば、ジュースに手を伸ばしかけていた笠松は、一瞬身を震わせてから答えた。
「ああ…」
女性が苦手な笠松にとってこれは普通の返事なのだが、ここで終わらないよう何とか続きを紡ぎ出す。
「森山は相変わらず女子がどうこうしか言わねーし、小堀は…まあいつも通りだし、早川は何言ってっか分かんねーし、黄瀬は………黄瀬だな」
言葉だけ見れば悪態をついているようにも取れるが、仲間たちについて話す主将の表情は明るい。
遥もつられて笑顔になる。
だが、その胸中は穏やかではなかった。
「……何があったのか知んねーけど」
彼女のぎこちなさに気付いたのか、笠松は小さく溜め息を吐いてから言う。
「オレでいいなら……聞くぞ」
「…ありがとうございます。大したことじゃないんですけど」
タイミングを逃すまいと、遥は意を決して頼み込んだ。
「連絡先教えてもらっていいですか?」
「は?」
その内容が予想外だったらしく、笠松は面食らった様子で疑問符を返す。
いつも共通の後輩経由でやり取りしていたため、遥はいい加減連絡先を交換したい思っていたのだ。
しかし、理由はこれだけではない。
「メールでなら色々言いやすいと思うんです」
笠松は女性相手だと会話が途切れがちになってしまうのだが、本人もそれを気にしているということを遥は知っている。
そして、顔を見ることもない文章での会話なら、直接話すよりハードルは低いはずだと考えたのだ。
「七瀬こそ…いいのかよ」
その返事の代わりに携帯を取り出してみせれば、笠松も自身の携帯を引っ張り出して操作し始める。
それらを突き合わせて数秒、あっという間に交換は終わった。
「……………」
と、そのとき。
何を思ったのか、少しだけ体を伸ばしてテーブルに乗り出した笠松が、遥の腕を引いた。
驚きに目を丸くしている遥と、難しそうに表情を歪めている笠松の顔が近付く。
つんのめった遥の頬を素早く唇で掠め取ると、2人揃って一時停止、沈黙。
数秒後、我に返った笠松は脱兎の勢いで帰り支度を済ませ、謝罪やら別れの挨拶やらを叫びながらも丁寧に自身のゴミは片してから去っていった。
「え…」
1人呆然と、小さくなっていく彼の後ろ姿を眺めるしか出来ないでいる遥。
手中に残っていた携帯が震える。
そこに簡潔に綴られた誠実で素直な謝罪と弁解と感謝の言葉に、彼女は堪えきれずに笑いを漏らした。
頬に厚意のキス
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