(帝光)


「黄瀬くん」

「…………嫌っス」

「黄瀬くん」

「…………嫌っス」

「…………ごめんね」

「何で謝るんスか!」


大きな瞳に涙を浮かべ、拗ねた様子の黄瀬は遥に言う。

何を言っても拒否され、謝れば怒られ、途方に暮れた遥の方が泣きそうだ。


「謝るぐらいなら、いてほしいスよ…」


彼にとっては切なる願い。

しかし自分でも駄々をこねている自覚はあるらしく、最後はもう消え入りそうだ。


「私、3年だから。推薦も関係ないし」

「センパイ頭いいじゃないスか」

「いいわけじゃないよ。黄瀬くんに教えるぐらいは出来るけど」


体育館の隅に座り込み、見るからに落ち込んでいる黄瀬。

そんな彼を説得するように、向かいにしゃがみ込んだ遥は語りかけた。


「さつきちゃんがいるから私がいなくても部活は問題ないし、受験勉強と一緒にバスケについても勉強しようと思うんだ」


黄瀬は俯いて黙り込んでいる。

どういうわけか、彼は遥に非常に懐いていた。

いつでも何処でも異性に人気な黄瀬が、自ら赴く数少ない人物の1人が彼女である。

周りの面々が驚き呆れ、そういうものだと咀嚼してしまう程、彼は遥に心を許していた。

だからこそ、この少し早い引退に納得出来ないのだろう。


「高校でもマネージャーするつもりだから…ちょっと離れて色々考えたい」


遥は黄色い頭に手を伸ばした。

優しく撫でれば、指通りのいい髪が揺れる。


「……わかってる。わかってるっス」


黄瀬は顔を上げた。

遥の言い分は理解しているし、自分が我が儘を言っているのも理解している。

だが、慕っている先輩の早めの引退に、素直に頷くことが出来なかったのだ。


「もう来てくれないんスよね?」

「うん、そのつもり」


引退が少し早いと言っても、選手たちと1ヶ月も変わらない。

しかし遥はもう一切、部活に顔を出すつもりはなかった。

引退した3年生は、現役の邪魔にならない範囲での体育館の使用が許可されているし、後輩の様子を見に来るも自由なのだが、彼女は高校入学まで間接的なバスケ断ち───帝光バスケ部断ちをすると言うのだ。


「新しい仲間のためにも、バスケのためにも、それから私自身のためにも、一旦離れる方がいいと思う。受験も余裕なわけじゃないしね」


部活での関わりがなければ、学年が違う遥と黄瀬は会うことがなくなってしまう。


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