「邪魔しないから、見てていい?」


ゴールに向かい1人黙々と練習していた水戸部は、背後から聞こえた声に手を止めて振り返った。

声の主はマネージャーである遥。

と言っても、今は個人練の時間なため、マネージャーとしての仕事はほとんど残っていない。


「………」


水戸部は額に汗を滲ませながら頷いた。

遥は礼を言うと、近くの体育館ステージへ腰掛ける。


「………」

「リコと順ちゃんと鉄平と俊でミーティング中。戦法とか陣形がどうこう言ってたから、ついていけそうになくて」


声は聞こえないが、水戸部の疑問を理解した遥は答えた。

彼女は普段、カントクや主将、以前からの友人である木吉、クラスメイトである伊月と共にいることが多い。

けして仲が悪いわけではないのだが、それでも自分のところに来たことが水戸部には不思議だったようだ。


「凛ちゃんこそ珍しいね。いつもならあっちにいるのに」


遥の視線の先、向こう側で騒いでいるのは、小金井と土田、1年仲良しトリオ、そして火神と黒子の7人。

簡単なゲームで盛り上がっているようだが、様々な意味で小金井のフォローに回っているのは土田だけだ。

普段なら、あそこに水戸部もいるはずである。


「………」

「そう言えば、いつもより重心傾いてたような…」


水戸部曰く、今日は調子が悪く満足のいく練習が出来なかったらしい。

そのため、個人練の時間を多めにとることにしたようだ。


「気付かなくてごめんね。何処か違和感ある?テーピングすぐに用意出来るけど」


調子が悪い日は誰にでもあるが、物理的な原因があるのなら無くしておくべきだろう。

選手の故障は絶対に避けておきたいところだ。


「………」


水戸部は目を瞬かせてから、ゆっくりと首を左右に振った。

そして、ステージにいるおかげでいつもより近くにある遥の頭を撫でる。


「………」


手は止めず、水戸部は柔らかい眼差しを向けた。

───七瀬さんは、いつも本当によく見てくれてるよね。


「ううん、全然…。調子悪いのも、言われないと分からないことの方が多いし」


マネージャーとしての理想の1つは、姿を見るだけで体調やコンディションを理解出来るようになることだ。

しかし、特異な何かを持っているわけでもない遥は、記憶や経験を頼りにするしかない。

部員数が多い強豪中学校のマネージャー出身と言っても、理想まではまだ程遠いのである。


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