※例の如く岡村が不憫です。



目の前が突然肌色に染まった。

少々首が痛くなる程上を向けば、中学の頃からの後輩が気怠そうに遥を見下ろしている。

何を思ったのか突如目の前に出された大きな掌は、ゆっくり彼の元へ戻っていった。


「どうしたの、敦」

「んー…遥ちんの顔、掴めそうだなって」

「敦の手、大きいもんね」

「遥ちんの顔が小さいんじゃない?」


紫原の恵まれた体格は、この体育館にいる部員達皆がよく知る大きさである。

普段バスケットボールも易々と掴んでみせるのだから、遥の顔ぐらいなら掴めるのではないかと、片付けをする部員達も胸中で2人の会話に頷いてみせた。

しかし、その中で何故か捻れた受け取り方をしてしまったのは、主将・岡村だ。


「何を言っとるんじゃ紫原!天使…いや、女神に手を出すなんて言語道断じゃ!」

「…はぁ?」

「七瀬はこのバスケ部で、いやむしろ学校内でワシを差別をせん唯一の存在…!ワシの目の黒い内は手を出すことは許さん!」

「ウルサイし何言ってんのー?」


突如2人の間で熱く語り出した岡村と、怠さに拍車がかかり心底嫌そうな紫原。

勿論、突然渦中の人となった遥も全く状況が理解出来ておらず、不思議そうに首を傾げるだけだった。


「つかその呼称は何だよ、呼称は」

「分からんのか福井!」


福井が呆れながらツッコめば、岡村は泣き出さん勢いで遥への思いを語り出す。

つまるところ、学校内で唯一岡村いじりをしない遥が、彼にとっては崇拝の対象であり、彼が在籍中は遥が変な目に遭わないよう守ると誓ったとのことだった。

言わんとすることは分かる───が、熱く語れば語る程、周りの部員達の目がどんどん冷めていく。

そう、言わんとすることは分かるのだ。

大きなマスコットとして後輩からもいじられまくる主将を、遥はけして馬鹿にしたりはしない。

天然故爆弾を落とすことはあっても、皆を平等に扱うのが七瀬遥の長所である。


「気持ち悪いアル。ほんとマジで気持ち悪いアル」

「七瀬、たった今からアゴリラのサポートいんねーから。これ副主将命令。んでアゴリラ、オマエは二度と視界に七瀬を入れんな」


だがやはり気持ち悪いものは気持ち悪い。

劉にシッシッ、と手振りまで加えられ、岡村はまた味方がいないと喚き出す。


「何故じゃ!何がダメなんじゃ!」

「「全部」」

「全部!?」

「いやマジでダメだわこれは」


ちょっと間違えたら犯罪だと岡村が福井に懇々と説教されている一方、事態に未だついていけていない遥はひたすら悩んでいた。


「とにかく、主将が私を大切な存在だって思ってくれて、色々助けようとしてくれてるんだよね?」

「えー…まあ凄く綺麗に言えばそーなんじゃない?」

「じゃあ主将は私の守護天使…?」


その瞬間、ぴしり、と空気が止まった。

守護天使───ミッション系の高校である此処の生徒なら皆知っている名称だ。

その遥を守る守護天使が、岡村?


「無理無理無理無理!ねーよ!コイツが天使とかねーよ!」

「七瀬の守護天使…想像しなくても気持ち悪いアル」


全否定からの全否定を食らい、とうとう岡村が泣き崩れた。

1年がモップ掛けをしたばかりの体育館の床が、みるみるうちに涙で濡れていく。


「どうしたんだ、これは…」


レギュラー陣以外からも様々な意味の溜め息が漏れる中、荒木に話があるからと呼び出されていたため席を外していた氷室が戻ってきた。

当然、彼の片目は大きく見開かれ固まっている。


「辰也」

「あ、室ちんやっと帰ってきた〜」

「ああ、すまない。ところで、これはいつもの主将いじりでいいのか?」


代表して福井が、岡村の第一声から今に至るまでを物真似付きで聞かせれば、氷室はやはりいつもの主将いじりだと納得したようだった。

だが氷室は、その甘いマスクで転校初日から女子の視線を集めまくり、女の扱いにも慣れた帰国子女、そしてクールに見えて実は熱い男と、岡村からすれば羨ましいを通り越すような存在である。

そんな彼が、遥絡みで黙っているはずがなかった。


「ハルカが天使や女神みたいって言うのは同意だけど…オレはそう言うのにあまり興味はなくてね」


氷室の瞳が、遥を捉える。


「でも神という存在がいるのなら、これだけは感謝するよ。オレをハルカと出会わせてくれたことだけは、ね」


完全なる敗北に、岡村の瞳から零れる涙が止まる気配はない。

イケメンはキザもスマートも似合うのだと、周囲からも盛大な落胆が響く。


「おい、オマエら…後片付けはどうした後片付けは!」

「監督!」

「す、すいません!」


その何とも言えない空気を裂いたのは、監督の荒木だった。

氷室が戻ってきたのだから、共に席を外していた荒木が戻ってきていても、何ら不思議はない。


「岡村ァ!片付けの最中に主将が這いつくばって泣いてるとは…いい度胸だな…!」


この後、岡村は別の意味で大粒の涙を流し、イケメンも美人も嫌いだと言いながら帰路につくことになるのだが、ただ1人自分を気にかけハンカチを差し出してくれた遥の優しさを噛み締め、やはり遥は女神なのだと再確認したのだった。

今日も陽泉高校バスケ部は平和のようだ。




陽泉高校の場合


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