「はい、こっちがさつきの分」
「わぁ、ありがとうございます!」
「どう致しまして。さくらんぼ入れといたよ」
「やったぁ!」
学校が休みの土曜日だろうが、桐皇学園高校バスケ部は関係なく練習に励んでいた。
その昼休憩時間、キリの良いところまで仕事を終えたマネージャーの遥とさつきは、2人仲良く体育館の一角を陣取ると、揃って弁当箱を開け始める。
今日は遥が、さつきの分のお弁当も作ってきたらしい。
きゃあきゃあと楽しそうなやり取りに、部員達の目も自然とそちらに集まる。
「何でさつきが弁当作ってもらってんだよ」
そのとき、桜井の弁当に入っていたウィンナーを摘まみ食いしながら近寄ってきた青峰が、部員達の疑問を代弁した。
少し後ろから驚く程可愛らしい弁当片手についてきている桜井は、色々な意味で涙目になって謝罪を繰り返している。
「料理の勉強したいって遥先輩に言ったら、お弁当を交代で作ろうって言ってくれたの」
「ってことは、明日はさつきが遥の分も作んのかよ」
「うん!あ、大ちゃんのも一緒に作ろっか?」
「いらねーよ。つか遥にも食わすなマジで」
「大輝、先輩を呼び捨てにするなって何回言ったら分かるの?」
さつきの料理の腕前をよく知る青峰が心底嫌そうに顔を歪める先で、遥は呆れ顔で呼び捨てを咎めた。
遥自身本気で怒っているというわけでもなく、後輩指導としてもう何度もなされたやり取りだが、何故か半泣きの桜井が青峰の代わりにペコペコ頭を下げている。
するとその後輩達のやり取りが興味をそそったのか、今度はコンビニ袋片手の主将達が近くに腰を下ろした。
「えらい盛り上がってるやん」
「スイマセン!」
またも何故か主将にまで謝罪し始めた桜井を横目に、遥が経緯を説明すれば、瞬時に事態を把握した今吉がなるほどと頷く。
続く諏佐からはさつきへのフォローもあったが、幼馴染みの青峰程ではなくともマネージャーからの差し入れでその腕前を知る部員達からすれば、やはり明日の弁当はリスクが大きいと言いたいようだ。
「まぁ、七瀬教え方上手いし、どうにかなんだろ」
「なんや若松、まるで見たことあるような言い方やん」
「いや、オレ七瀬と同じクラスなんで。コイツ出来ねーことは全っ然ダメなんすけど、出来ることはマジすげーんすよ」
ヤケに大きいパンを食べ始めた若松曰く、クラスでも人気の高い遥は、授業や行事などで頼りにされることも多いらしい。
部員達も知っての通り、確かに遥は普段、少々天然で穏やかな性格ではあるが、真面目で努力家なので得意分野の知識や技術、そして情熱は目を瞠るものがある。
バスケ部のマネージャーとしての活躍ぶりは言わずもがな、クラスでも妹・姉・母のように慕われているのだ。
クラスメートで部活も同じな若松も、様々な方面で遥の力を借りたし、また必要なときには力を貸してきたのだった。
「…ってちょっと大ちゃん!それ私のお弁当!」
「あ?腹減ってんだよ」
「ならコンビニ行けばいいでしょ!?もう、本当は遥先輩の手料理食べたかっただけなクセに!」
手持ち無沙汰な青峰の片手が、摘まみやすいおかずがなくなった桜井の弁当箱ではなく、沢山の具材が少しずつ詰められたさつきの弁当箱に伸びる。
皆が若松のクラスメート自慢に気を取られているうちに、遥が作ったさつきの弁当が犠牲になっていたらしい。
その女の子サイズの小さな弁当箱のおかずは、既に半分程姿を消していた。
ぷりぷり怒るさつきと物ともしない青峰の幼馴染みコンビに、「全部手料理じゃなくて冷凍食品も入ってるよ」と付け足す遥の向かいで、案の定桜井はまた謝罪を繰り返している。
「なぁ若松、飯だけでこれだけ盛り上がれるの、凄くないか?いや、凄いのは七瀬か…」
「凄いっつーか何つーか…凄いっす」
「若いってええなぁ…午後からも練習楽しめそうやわ」
「スイマセン!スイマセン!」
本心が読み取れない主将の一言に、もはや蚊帳の外となっていた諏佐と若松の顔が瞬時に引き攣った。
今日も桐皇学園高校バスケ部は平和のようだ。
桐皇学園高校の場合
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