「あ、遥サン、それオレらで片付けとくんで!最後っすよね?」
「うん、これで最後。ありがとう高尾くん」
「1年だし、これぐらいトーゼンっすよ!んじゃ、着替えたら集合で大丈夫そうっすか?」
秀徳高校の長く激しい濃い練習が終わり、自分の身の回りの片付けを行うや否やマネージャーの元に駆け寄った高尾は、持ち前のコミュニケーション能力を発揮して自分を含む1年に残りの雑務を割り振った。
年功序列で片付けや掃除などの雑務を行うのに抵抗はない1年部員達ではあったが、高尾が発した最後の一言が引っ掛かり、ふと手を止めて顔を見合わす。
明らかに今、高尾とマネージャーとで待ち合わせの約束がされていたではないか。
「その1年坊主が自主練もせずにマネージャーと出掛けるなんざ、良いご身分だな高尾…オマエ何様だコラ轢くぞ」
「ゲッ、宮地サン!」
引き攣った満面の笑みの宮地が、これまた引き攣った笑みを貼り付けた高尾に詰め寄った。
秀徳バスケ部のメンバーは総じて努力家だが、このスタメンである3年はそれはもう血の滲むような努力をしてきたメンバーである。
強制でないとは言え、部活後の自主練習は当たり前なのだ。
「違うんです、宮地先輩。高尾くんの妹さんが…」
「妹?あー、そう言やオマエ兄貴だっけか」
「ウチの妹が来週誕生日なんで、遥サンにプレゼント選ぶの付き合ってもらうんすよ」
「え、オマエ妹に誕生日プレゼントやんの?」
妹のお気に入りのヘアピンを踏んづけて台無しにしてしまい、そのお詫びの意味も込みでのプレゼントなのだと高尾が説明すれば、自身も兄であり元来面倒見のいい宮地はすんなり納得したようだ。
「それで七瀬が付き合わされんのか」
「私から一緒に行こうかって声をかけたので、付き合わしてもらってると言うか…」
「いやー、実は妹が遥サンに懐いちゃって懐いちゃって…コッチとしてはマジ嬉しい申し出だったんすよね」
「妹も知り合いなのかよ…高尾マジ調子乗りすぎシバくぞ」
「何で!?」
わいわいがやがやと笑いも起きている賑やかな輪から少し外れて、1人黙々と自主練を開始していた緑間はそっと溜め息を吐く。
それを待っていましたとばかりに、同じく1人自主練を行っていた木村が揶揄するように言った。
「いいのかよ緑間。オマエの先輩、すっかり高尾に取られてっけど」
「…………別にオレだけの先輩というわけでは…」
「のわりには、さっきから自慢のシュートブレまくってんじゃねーか。じゃ、オレはそろそろ宮地呼んでくっかな…」
その先輩の背を見つめ、緑間は静かに眉根を寄せる。
いつもであれば人事を尽くしたが故に百発百中を誇るシュートが、ただの自主練のフリースローにも関わらず、今は危ういものばかりだったのだ。
集中しきれていない───人事を尽くしきれていない理由は、先程先輩に指摘された通りである。
「…七瀬先輩」
宮地を呼びにいった木村を追うように盛り上がる輪に加われば、中心で穏やかな笑みを見せていた遥はすぐにその姿に気付いてみせた。
「どうしたの真太郎。フォーム見る?調子悪そうだもんね」
「…!是非お願いしたいのだよ」
緑間は僅かに目を瞠った後、ラッキーアイテム増やそっか、と続ける遥につられる形で頬を緩める。
さすがと言えばいいのか、中学時代から部員達のことをよく観察し、そして知ろうとしてくれる彼女は、それは優秀な、精神的にも必要不可欠なマネージャーなのだ。
「何を揉めているのか知らないが、皆で自主練して皆で出掛ければいいんじゃないか?」
その時、ふと聞こえた提案に、その場にいた全員の視線が集まる。
何をごちゃごちゃしているのかと、集まる視線に不思議そうに目を丸くしているのは、今まで席を外していた主将・大坪だ。
「そうくるか、大坪」
「いや別に揉めてたわけじゃ…」
「じゃあ何なんだ?」
「とりあえず、オレと遥サン帰らしてもらっていいっすか?」
「あ、待って高尾くん。ちょっとだけ真太郎見ていい?」
「いいっすけど…もー、真ちゃん空気読んでよ!」
「煩い黙れ」
「?」
今日も秀徳高校バスケ部は平和のようだ。
秀徳高校の場合
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