重い瞼を押し上げた遥の視界に入ったのは、見慣れた自室の天井だった。
微熱と体のダルさのために寝込んでいたのだが、ぐっすり休んだためか気分も良く、視界もクリアである。
ふう、と溜め息1つ吐き出して寝返りを打った遥だったが、すぐに目覚めたばかりの双眸を大きく見開き、瞬かせることとなった。
「………!?」
我が物顔でローテーブルを陣取り、文庫本片手に静かにマグカップに口をつけている意外な人物。
この場にいるのが意外すぎるその人物を見つめ、遥は慌てて体を起こした。
「花宮くん?何で…」
「ああ、起きたのか」
部屋の主を一瞥すると、花宮は開いていた文庫を閉じる。
ブックカバーで覆われているため確認は出来ないが、彼のことだ、万人が容易く読み解けるものではないだろう。
「顔色は悪くねーな」
「あ、うん…元々微熱ぐらいだったし、結構寝たから」
そう答えた遥の視界に、ふと金色が映り込んだ。
小さな金塊のような長方形のものが、ローテーブルに数個転がっている。
遥の記憶が正しければ、それは大手お菓子メーカーから発売されているチョコレートだ。
「…これか」
彼女の視線の先に気付いたらしい花宮は、その1つを手に取ると包み紙を開いてみせた。
茶色いそれは、何の変哲もないただのチョコレートである。
「食いたいならやるよ」
「…ありがとう」
どこか意味ありげに薄笑いを浮かべた花宮は、茶色い固形物を遥の口元へと差し出した。
遥がおずおずといった様子でそれを口内へ招き入れるや否や、笑みを濃くした花宮の掌がそこを覆い隠す。
「…!?」
突然口を塞がれ驚いたというのが1つ、舌の上で蕩け出すチョコレートが想定外の味だったというのがもう1つ。
二重の意味で目を白黒させることとなった遥は、後者のせいで涙目となった。
チョコレート特有のあの甘さは皆無、強い苦味が口腔を進行形で支配している。
文字通り"苦い"顔である遥の姿を見て満足したのか、花宮は噴き出した。
「ふはっ、見るからに苦いの苦手そうだもんな、オマエ」
「……苦手って言うか、これは…ちょっと…」
苦いものは世界中に山程存在するが、このチョコレートはそう簡単に味わえるものではないレベルで苦い。
顰め面の遥から脇に寄せられたカバンから覗く、"カカオ100%"と記された、いかにもなパッケージへ視線を移すと、花宮はやれやれといった様子で腰を上げた。
「オマエが好きそうな甘いもんもらってきてやるよ」
茶色の菓子を片手に遥を見下ろすと、彼はそれをこれ見よがしに口内へと運ぶ。
そして遥の髪を乱すように頭を撫でてから、薄笑いを浮かべたまま部屋を後にした。
「此処私の家だよね……?」
花宮が看病 END?
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