「じゃあもう少し様子見てみよう。それでも駄目そうなら、嫌がっても連れていくからね」
返事はしなかったものの、渋々といった様子で遥を見る紫原。
そして次の瞬間。
「…え!?」
彼の体が大きく傾いだ。
真正面にいる遥は、迫ってくるそれをただ受け止めるしか出来ない。
「紫原くん?」
「これでいーや」
自身より小さい先輩の肩口に顔を埋めた紫原は、どうやらこのまま休む気らしい。
背中や腰が痛くならないのか気にはなるが、紫原本人がいいのならいいのだろうと、遥は小さく唸る後輩の頭を撫でた。
出来るだけ刺激しないよう注意を払い、長めの髪に優しく触れる。
「…遥ちん」
「ん?」
「眠くなってきた…」
遥の手が早々に止まった。
今此処でこの状態で眠られるのも困るが、何よりこれはこれから熱が上がるという暗示ではないだろうか。
「寝るなら保健室行ってからにしよう」
「……ヤダ」
本当に動くのが面倒臭いのか、体調に関わらず練習をしたいのか、それとももう動けないぐらい限界まできているのか、紫原の口からは短い否定が返ってくる。
「頭撫でてて。そーしたらマシだから」
"手当て"に関する俗説を思い起こさせる願いに、遥は素直に腕を動かし始めた。
彼が少しでも楽になるのなら、これぐらい喜んで───と言いたいところではあるが、この様子だと保健室行きは免れないだろう。
問題はどうやって彼を保健室に連れて行くか、である。
と言っても、遥には粘り強く交渉するという手段しか残されていないが。
事情を飲み込んでいるらしく呆れ顔の赤司と緑間が此方をちらちら窺っているのだが、何も言いに来ない辺り、紫原のことは遥に一任することにしたらしい。
「紫原くん」
「なに?」
「歩けそう?」
「んー…」
曖昧な返事の後、紫原は重たげに顔を上げた。
「行けばいーんでしょ。行けば」
観念した様子で、嫌々ながらも紫原は立ち上がる。
赤司に部活を抜ける旨を伝えると、続いて遥を見下ろした。
「遥ちんも来るんだよね」
「あ、うん。勿論付き添うよ」
その返事に満足したのか、紫原は彼らしい足取りで保健室へ向かい歩み始める。
遥は後輩マネージャーであるさつきに仕事を頼むと、慌てて彼の姿を追った。
この後、保健室でも紫原は遥を離さず、また遥の方も紫原を放っておけず、結局付きっきりとなってしまうのだが───それは体育館に残されたメンバー全員の想定の範囲内の話なのである。
END
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