赤司は黙ったまま遥に視線を移す。
熱のせいか頬を染め苦しげではあるが、その瞳は何かを訴えるように輝いていた。
彼女のことだ、第一声は謝罪だろう。
「ごめんね。赤司くんに移しちゃうかもしれないけど…」
赤司は表情を変えぬまま、予想通りの文句の続きを静かに待っている。
しかし、遥は熱に浮かされながら必死に考えを纏めようとするも、
「……やっぱり何でもない」
それを言葉にすることを諦めてしまった。
引き止めていた赤司の手を離し、朧気な意識の中で微笑んでみせる。
「此処まで運んでくれたの、赤司くんってことだよね?ありがとう」
「…………」
"落ち着いたら私も戻るから、赤司くんは先に戻って"。
続くはずだった文言まで全て、彼には見透かされてしまっているのか。
ベッドの傍らに立つ彼は、遥に覆い被さるかの如く、彼女の顔の横へ手を突いた。
「……赤司くん?」
いつもの驚きやすい遥なら目を丸くしていたはずだが、今は感覚が鈍ってしまっているらしい。
焦点の合っていない瞳で、彼の赤く煌めく瞳を見つめ返すだけである。
「貴女を此処に運んだのはオレだ。だから家に送り届けるまで面倒を見る」
遥の視界が揺れた。
「安心して眠って下さい」
彼が言うのなら間違いないし、怖いものは何もない。
あやすように頭を撫でながら僅かに口角を上げ、優しげに微笑んだ赤司を最後に、遥の意識は深いところへと落ちていった。
*
定まらない白く霞んだ視界に映るのは、毎日見ている自室の天井。
懐かしい夢を見ていたようだ。
「気分はどうですか」
声と共に傍らに寄ってきたのは、赤が印象的な後輩だった。
「───赤司くん」
今から約2年前、遥がまだ帝光中でバスケ部のマネージャーをしていた頃、部活中に急な高熱に襲われ倒れたことがある。
そのとき保健室まで運び介抱するだけでなく、直々に家まで送り届けそこでもきちんと介抱してみせたのが、当時の後輩・赤司征十郎だった。
それこそちょうど、今みたいに───。
「そう呼ばれるのは久しぶりですね」
「…あ」
熱のせいか、過去と現実が混ざってしまっているらしい。
現在目の前にいる彼は、その姿は勿論纏う雰囲気までもがあの頃より随分成長している。
「征十郎、どうして…」
"今京都にいるんでしょ?"
続くはずだった文言は、やはり彼に見透かされているらしい。
「その話は後で。まだ辛いのなら眠ればいい」
遥の視界が歪む。
"後で"と言ったのだから、次に目が覚めたときも彼は此処にいるということなのだろう。
大きな毛布にくるまれているような満ち足りた安心感に包まれた遥は、再び深い眠りへと落ちていった。
END
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