(帝光)
部室で静座している赤司は、目の前の将棋盤を見下ろした。
緑間との対局を済ましたままの状態のそれは、己の勝ちを示している。
王手はかけていないものの、この先相手がどう足掻いても逃げることが出来ないよう、駒の配置は完璧だった。
それを察した緑間が悔しげに負けを認め、席を外したのはほんの数分前だ。
今、その彼がいた席に腰掛けているのは、マネージャーの1人である遥。
彼女は将棋を嗜まないので、盤を見ても何故投了しているのか分からない。
どちらが勝ったのかは訊ねるまでもない話なため、これに関して特に反応することもないのである。
遥はいつもの調子で、残された駒を視界に入れながら報告し始めた。
「───だと思うんだけど」
そして最後に自身の意見を付け加え、主将の回答を仰ぐ。
遥は普段から、マネージャーとして全部員を出来るだけ詳細に見るよう心がけていた。
そのため報告は常に的を射ていたし、連絡と相談の面も文句なしということで評価は高い。
加えて努力家故知識も豊富なため、内容も質の高いものが多かった。
だがそれ以上のものを返してくるのが主将・赤司である。
一枚も二枚も上手な彼の意見に間違いはない。
遥の報告と相談を聞き終えた赤司は、一拍間を空けてから同意の返事を返す。
「ありがとう。じゃあそれでいくね」
主将からの賛成を得た遥は立ち上がり、数歩歩みを進めたところで、ふと将棋盤に目をやった。
何の変哲もない、ただの将棋盤。
数秒眺めてから、その傍らに置かれている持ち駒のうち1つを手に取ると、遥はそれを盤上へ置いた。
「これが前に1つしか進めないってことは知ってるんだけど…」
赤司の赤い瞳が細められる。
遥が打ったのは歩兵だった。
投了済みなので今更ではあるが、その一手は縦列に2つの歩を並べることになり、所謂"二歩"と呼ばれる反則になる。
そもそも、いくら遥がビギナーズラックで抗ったとしても赤司相手に勝てるわけがないし、勝つつもりもないのだが。
高い知性と群を抜くカリスマ性を兼ね備えている絶対的な存在、というのが、遥から見た赤司の姿だ。
しかし今のこの一手は、そんな彼にとって非常に興味深い一手だった。
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