「うう…」


黄瀬は消沈した様子で、先程まで頭を撫でていた遥の手を取った。

自身のものより随分頼りないその感触を確かめるように弄ぶ。

遥の表情が切なげに歪んだ。


「…………遥センパイ」


目を伏せた黄瀬は名を呼ぶと、手中にある遥の掌に口付ける。

その姿が様になっているのは、人を惹きつける黄瀬の容姿のせいか、それとも露となっている本心のせいか。

遥は目を逸らすことも出来ず、ただ漠然と彼を眺めるだけだった。


「…電話してもいいスか?」


後輩からの許可を求める問いに、先輩は小さく頷く。


「うん」

「メールしてもいいスか?」

「うん」

「大した用事じゃなくても?」

「うん」


例えくだらない用事だったとしても、遥に拒否する理由はなかった。


「たまには会ってくれるスか?」

「皆が嫌いなわけじゃないんだから…」


受験はともかく、気持ちの整理と知識の蓄積のために部活から離れるというだけで、部員たちを避けるつもりはない。

むしろ遥より黄瀬の方が、部活だ仕事だと忙しいのではないだろうか。


「教室に会いにいっていいスか?」


さすがに、これには即答出来なかった。

先輩として認めてくれ、懐いてくれているのは遥にとって有り難いことである。

が、今までのように廊下でたまたま会うのと、教室に彼がいるのとでは周りへの被害が全く異なるのだ。

もう皆慣れたもので、遥に一々悪意を向ける者はいないのだが、芸能人もビックリな程の悲鳴のような歓声を上げる者はいる。


「…………………うん」


暫し迷った末、遥は頷いた。

黄瀬の瞳が揺らぐ。


「やっぱ引退とか寂しいっスよセンパーイ!!!!」

「えっ!?」


嘆きながら飛びついてきた大きな体を受け止めきれず、遥は後ろにひっくり返った。

打ち付けた背中の痛みより、前方からの様々な圧迫が辛い。


「………黄瀬くん」

「ううう…」


重いし痛い───という訴えを飲み込んで、もがいた遥は後輩の背中を数度叩く。


「遥センパイ」

「ん?」

「高校でも絶対、バスケやっててくださいっス」

「……うん、絶対やめないよ」


黄瀬は全てを紛らわすように、遥に擦り寄った。




In die hohle Hand Verlangen


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