「遥がいなくなった?」
激しい練習のせいで流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、伊月はカントクの言葉を繰り返した。
他の部員たちも、荒い息を整えながら耳を傾けている。
ドリンクで喉を潤していた日向が口を開いた。
「どっか行くなら、カントクかオレに絶対声かけてくだろ?」
「そうだけど…大分前に、部室に行ってくるって言ったきり見当たらなくて」
遥は普段、例えマネージャーの仕事がなくても、部員たちの練習に最後まで付き添っている。
しかし今日のように、練習メニューの関係でタオルとドリンクの用意さえすれば手持ち無沙汰という場合は、部室の掃除や備品の確認、スコア表のコピーなどで席を外すことがあった。
そしてそのときは必ず、カントクか主将に声をかけてから移動していたのだ。
「何か他に用事が出来ただけだとは思うけど…」
と言うものの、リコの歯切れは悪い。
遥の姿が見えなくなって暫く経っているため、さすがに不安なのだろう。
「ちょっと見てくるよ。もしかしたら担任に捕まってるのかもしれないし」
遥と同じクラスで同じ委員でもある伊月が言えば、カントクは心配が垣間見える表情で頷いた。
日向も同意を示す。
「ま、伊月が適任か。頼む」
「頼むぜ鷲の目!」
「いや、コレそーゆーのじゃないから」
鷲の目は、けして人捜しに有利なものではない。
仲間にツッコんでから、伊月は1人練習を抜けることとなった。
「まあ、いないよな…」
いなくなる前にいたはずの部室を真っ先に覗いてみたが、やはりそこはもぬけの殻。
それから、彼女が通りそうなルートを使って職員室へ向かう。
此処のコピー機にも度々世話になっているのだが、目当ての姿はなかった。
見当たらない担任の代わりに、バスケ部顧問の武田に訊ねても、ゆっくり首を振るだけだ。
「後は……」
出来る限り迂回して、伊月は様々な場所を視界に入れていく。
出会う友人に訊ねてもみたが、彼女の足取りは一向に掴めない。
「教室か…?」
まだ見ていない場所で遥に関係するところ、と言って伊月が思い付くのは、もう2─Aの教室しかなかった。
練習の疲労のせいか、やや重い足取りで階段を上がっていく。
「…………遥」
開け放たれたままだった扉に手をかけ呆れたように名を呼ぶと、彼は小さく溜め息を吐いた。
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