「でも出来るだけ早く、見るだけで皆のこと分かるようになるね」


"なりたい"ではなく"なる"。

無謀かもしれないが、願望ではなく断定で遥は述べた。


「………」


驚いた様子を見せた水戸部は、嬉しそうに口角を上げて頷く。

遥も誓うように、笑顔で頷き返した。


「………」


と、何かあったのか、水戸部は突如辺りを見渡し始める。

騒いでいる仲間たちも、何やら話し込んでいる仲間たちも、各々夢中らしく此方を気にしている様子はない。


「どうしたの?」


遥が訊ねても、彼は何もないと首を振るだけだ。

疑問と共に些かの不安が過ぎり、遥は眉を下げる。

そんな彼女を見て、心配性な水戸部は慰めるように、慌てて彼女の頬へ手を滑らせた。


「………」


何か思い詰めているような表情で遥を見る水戸部。

暫しそうしてから、彼は距離を縮めた。


「凛ちゃん?」


不思議そうに見つめる遥の双眸を、水戸部の大きな手の平が覆い隠す。

視界が真っ暗になったため、遥は自分の目元に手をやろうとするが、彼はそれを優しく掴んで制すると無防備な頬にそっと口付けた。

思いがけない出来事に、彼女の肩が小さく跳ねる。


「え…?」


面食らって声を漏らす遥を前に、水戸部は目を背けつつ視界と腕を解放した。


「………」

「………」


数秒の沈黙。

困っているような、恥ずかしがっているような、罪悪感を抱いているような、そんな複雑な表情のまま彼は僅かに口を開いた。

が、すぐに閉じる。


「…どうしたの?」


遥は促すように、水戸部の手を握った。

少し間を置いてから、彼も握り返す。


「………」


言い辛いのか躊躇いを見せるも、水戸部は再度ほんの少しだけ口を開いた。

───何かしてもらってばっかりで、少しも返せてなくてごめん。それから、


「…、…、…、…、…、…、…、…」


やはり彼女の耳に音は届かなかったが、口の動きから普段より明確に彼の言葉が理解出来る。

遥は噛み締めるように頭を振った。


「そんな…それは私のセリフだよ」


繋がれた手から温かさが広がっていく。

遥は両手で、彼の手を力いっぱい包み込んだ。


「いつもありがとう」




Auf die Wange Wohlgefallen


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