深い意味はなく挨拶として手の甲へキスをする国もある一方で、童話のようなその光景を夢見る女性も多い。
特に日本はスキンシップが少ない国であり、遥もそれに憧れる1人だった。
「いいなーって思って見てたんだけど…そっか、あんまり特別な感じじゃないんだね」
「……文化の違いかと」
TVCMは注目を集めることが目的なため、少々大袈裟に映してあったのだろう。
遥は見るからに落胆した様子だ。
「───やはり、女性はああいったことに憧れるものなのですか」
緑間が抑え気味の声音で訊ねると、遥は悩んだ末に頷いた。
「少なくとも私は憧れるかな。一回でいいからされてみたい」
その返事に何を思ったのか、緑間は部誌の隣に文庫本を置くと、遥へと手を差し伸べる。
目の前に広げられたテーピングの巻かれていない大きい手の平と、頭上の緑間の顔を交互に見る遥。
口は開かなかったが、彼の緑の瞳はまっすぐ彼女に向けられている。
「えっと……」
迷いながらも、遥は彼の手に自らの手を重ねた。
軽く握り返されたかと思うと腕を引かれ、彼女は促されるまま立ち上がる。
それとは反対に、緑間は片膝を折った。
屈従の姿勢を取られ、遥は目を丸くする。
「緑間くん…!?」
予想通り驚いて自身を見下ろす遥に、口端だけで笑ってみせると、緑間は手中に収めたままだった彼女の手の甲へと顔を寄せた。
温かいものが触れる感覚に、遥は思わず肩を跳ねさせ腕を引こうとするが、優しく、だが抵抗を許さぬ強さで捕らえられ動けない。
驚きと緊張で足も竦み、空いているもう片手を握りしめて、その行為を見ているしか出来なかった。
遥からは、瞳と同じ緑の髪しか見えないが、彼が今何をしているのかはよく分かる。
数秒の後、押し当てられた緑間の唇は音も立てずに離れていった。
「………緑間くん」
僅かに震える声に返事をする代わりに、緑間は遥を見上げる。
先程と変わらぬ双眸に、耐えきれなくなった遥は目を逸らした。
「"一回でいいからされてみたい"とおっしゃったので…」
「そうだけど…!」
羞恥を露にする彼女の口を塞ぐように、艶やかに微笑んだ緑間は再度手の甲へと唇を寄せる。
誰かにされる前に、その一回をいただくことにしました───という言葉を飲み込みながら。
Auf die Hande kust die Achtung
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