(帝光時代)
遥は手元の冊子へ目を走らせた。
部活はとっくに終わり、辺りは暗くなりつつある。
部員たちはほとんど帰ってしまった頃だろうが、遥は気にせず椅子に腰掛け、机に広げた部誌と暫し睨み合っていた。
素早く文字を追っていると、部室の扉がゆっくりと開かれる。
「施錠のし忘れかと思えば…七瀬先輩でしたか」
「お疲れ様、緑間くん」
頭を下げてから利き腕で眼鏡のブリッジを押し上げると、彼は後ろ手で扉を閉めた。
まだ成長途中ではあるが、十分身長のある緑間から机上は丸見えだ。
「部誌ですか」
「うん。ちょっと見ておきたくて」
3年生である遥はここ最近、回数を増したテストや立て続けに組まれた特別授業、進路相談などといった特有の理由で部活にいないことが多く、今日も欠席を余儀なくされている。
後輩マネージャーであるさつきが優秀だからこそ、安心して業務は任せていられるのだが、未だ引退していない現役マネージャーとして甘えるわけにはいかない。
そのため遥は、部活には間に合わなかったものの、部室に立ち寄って練習内容の確認を行っていたのだ。
「今日のラッキーアイテム、本なんだ?」
緑間が持ち歩いているもののほぼ100パーセントが、蟹座のラッキーアイテムである。
そんな彼が手にしているものは、文庫本。
「はい」
緑間が掲げてみせたそのラッキーアイテムのタイトルに、遥は見覚えがあった。
「それって、あの洋画の原作?」
「そうです。ご存知でしたか」
遥は首を縦に振る。
映画の方は、定番展開のラブストーリーではあるが、心理描写が丁寧で共感出来るということで世間を騒がしている最中だ。
部活一筋の遥も知っている程、有名な作品だった。
「CM見たけど、あのシーンって原作でもあるの?」
「あのシーン?」
緑間は覚えがないのか、疑問符と共に復唱する。
映画の宣伝として流れているCMに、世の女性なら一度は憧れるシーンがあったのだ。
「うん。王子と姫って感じで、俳優さんが跪いて、女優さんの手の甲にキスするシーンが流れてるんだけど…知らない?」
「手の甲へのキスなら、何度も出てきますが」
「え、そうなの!?」
CMでは女性層を狙ってか、そのシーンを大々的に取り上げたようだが、原作の小説では幾度となく登場する描写らしい。
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