日向のおかげか、それとも単に座ったからなのか、体内に渦巻くものは激しさを増す一方であるがしかし、精神的には幾分か楽になったようだ。
目を閉じ、立てた膝に顔を埋めた状態で、遥は耳だけを館内で練習に励む彼らへと向けていた。
カントクの指示、主将の叱咤、腹から出されているであろう部員たちの声。
体育館の揺れもしっかり伝わってくる。
「───…!」
それから何十分経っただろうか、バスケで気を紛らわせながら自らに襲いかかる苦痛に耐えていた遥だったが、それがとうとう頭にまでくると、さすがに嫌な予感に支配され始めた。
おそらく胃からくる貧血だろう───血の気が引いていくような感覚に、次第に思考を奪われていく。
「…七瀬」
気を使いすぎなぐらい優しく頭を撫でられ、遥はゆっくり顔を上げた。
その手の正体、目線を合わすように目の前にしゃがみ込んでいるのは誠凛バスケ部主将である。
首にかかったタオルで汗が滴る頬を拭いながら、日向は彼女の体調を見透かすように視線を走らせた。
「もう今日帰れ」
告げられた主将の言葉に、遥は素直に頷けない。
「オマエがそんなだとオレらも調子出ねーし。送ってってやるから」
そう言う日向の後ろには、心配げな表情で遠巻きにこちらを窺う仲間の姿が揃っていた。
特に部員一心配性な水戸部は、おろおろそわそわ落ち着かない様子である。
1年たちに何やら指示を出しているらしいカントクも、横目でこちらを気にしているようだった。
仲間たちのそんな姿を見て、遥は漸く首を縦に振る。
「…うん、ありがとう。先に帰らせてもらうね」
「カントクー、オレちょっと抜けるわ」
日向は遥の手を引いて立ち上がらせながら、顔だけ振り返って言った。
カントクからは、了承の返事と共に念押しの忠告も返ってくる。
そのやりとりが、付き合いが長い2人だからこそのテンポだったため、遥は思わず口元を緩ませた。
───途端、ぐらりと世界が揺れる。
「七瀬!?」
咄嗟に目の前の彼にしがみつくも、腹の底からこみ上げてくる気持ち悪さと思考を掻き乱す眩暈に身動きがとれない。
動けず喋れずの遥を胸元に抱きながら動揺を露にする日向に、慌ただしくなる周りの面々。
「ヤバいのか?ヤバいのか!?」
「……順ちゃん」
色々なものに耐えながら、遥は自身の身を預けている彼の名を呼んだ。
「ジャージ返すの忘れそうだから、先に返していい…?」
「今それどころじゃねーだろ!」
この後何とか歩けるようになった遥を引き摺るように、だがしっかりと気を配りながら家まで送り届ける主将の姿が拝めるわけであるが、結局彼のジャージは、翌日彼女が元気に登校するまで温め続けられたのである。
END
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