胃の辺りに渦を巻くような妙な違和感。
そこから喉元にかけて、何かがせり上がってくるような妙な圧迫感。
呼吸するのも躊躇われるような嫌な感覚に、遥は密かに顔を顰める。
部活が始まって数分、ミーティングを終えてこれから動き出すというところだと言うのに、どうやらあまり宜しくない状態のようだ。
遥は厳しい表情のまま喉を揺らした。
少し休めば楽になると信じ、仲間たちに一声かけて休ませてもらおうか───
「七瀬」
と、そのとき聞き慣れた声がかかる。
遥の頼れる仲間の1人、主将の日向は眼鏡の奥で目を瞠った。
彼の瞳に映るマネージャーの顔色は、けしていいとは言えないものだったのである。
「…顔色ヤバすぎだろ」
焦りを露に、日向はジャージの上着を脱ぎながら遥へと歩み寄った。
「え、そう?」
「"そう?"、じゃねーよダアホ」
熱くもなければ冷たくもない自身の頬に触れて疑問符を返した遥に、主将からはいつも通りの文句が返ってくる。
「何もしなくていいから、座って休んでろ」
「えっ、でも…」
「んじゃ、これ預かっとけ」
押し付けるように投げられたのは、つい先程まで日向が着ていたバスケ部のジャージの上着だった。
どういう意味なのかという意味も込めて遥は彼を見やる。
練習用のTシャツに短パン姿の彼は、これからの練習に備え腕の筋を伸ばしたりと軽いストレッチをしていた。
もう遥のことはアウト・オブ・眼中らしい。
「…………」
腕の中のジャージと持ち主を交互に見つめていると、遥の脳裏に、歴史の授業中に教師が語ったとあるエピソードが浮かんできた。
日向の歴史好きは、皆が知っているもはや常識のようなものである。
「これ着ていい?」
「…………」
「順ちゃんのためにあっためとくね」
「………………ああ」
大きな溜め息と共に、日向は肯定を絞り出した。
練習の輪へ戻っていく主将の背を見送った遥は、体育館の冷たい壁に凭れかかりしゃがみ込む。
そして一息吐くと、彼から預かった上着を羽織った。
羽織ると言っても肩からかけただけであるが、遥には大きいそれは彼女を二重の意味で包み込んでいた。
仄かに持ち主の香りがするジャージの裾を握り締め、そっと瞼を下ろす。
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