「台所借りるぞ」
「うん」
あやすように頭を撫で、先程ネギが入っていたものとはまた別のタッパー片手に、木吉は部屋を出て行く。
もう母親の許可はとっているのだろうが、きっと温かい生姜湯を用意してきてくれるのだろう。
「生姜湯…」
しこりが消えていくような感覚を覚えながら、彼が出て行った扉を見つめ呟く遥。
首に巻いたネギの効果が早速現れたのか、頭も喉も急激に楽になってきたようだった。
体が弱ると心も弱るものだが、友人が見舞いに来てくれただけでこんなにも楽になるものなのだろうか。
「ん、おまたせ」
「ありがとう」
数分後、木吉は予想通り湯気の立つマグカップを持って戻ってきた。
礼を言いながら受け取ってマスクを外せば、柑橘類の香りが仄かに漂っているのに気付く。
「………」
恐る恐る、熱いぐらいに温かいそれに口を付けた。
想像していた生姜湯より甘く、柑橘の風味のおかげか飲みやすい。
「あったまるだろ」
本当は風邪の引き始めに飲むといいって話だけどな───木吉の言う通り、汗も滲みそうなぐらい、体の芯から温まっていくのが分かる。
生姜の効果か、喉も洗われるようだ。
「……?」
ふと視線を感じた遥は、生姜湯を飲み下すと顔を横へ向けた。
何がそんなに嬉しいのか、機嫌の良さそうな木吉の柔らかい双眸とかち合う。
「ん?どうした?」
「…なんでもない」
微笑み返された遥は緩く首を振り、再度カップに口を付けた。
いい具合に体が温まったせいか、今度は強烈な眠気が襲ってくる。
これは気持ち良く眠れそうだ。
「寝るか?」
遥が頷く前にマグカップは奪われ、木吉の大きな手が横になるよう促す。
そのまま上半身をベッドに横たえると、隣に手と同じく大きな体が滑り込んできた。
「移るよ?」
「マスクしてるから大丈夫だろ」
生姜湯を飲むために外していたマスクを定位置へ戻しながら言う遥の肩まで、しっかりと掛け布団をかけてやる木吉の反応はあっさりとしたものだ。
大人しくされるがままの遥を安心させるかのように、彼は付け足した。
「それに風邪のときは───」
友人としても仲間としても頼りになる彼に甘えてばかりな気はするが、どんなときも逞しく支えてくれる彼の隣は心地好い。
「………うん」
眠気に襲われながら小さく頷いてみせると、遥は目の前の彼の胸元に顔を埋める。
「おやすみ、鉄平」
「おやすみ、遥」
背中に回った腕に引き寄せられるのを感じながら、温かい腕の中で遥は躊躇いもなく瞼を閉じた。
END
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