「ハッ!自分の席で咳する関取…」
「それ…っ」
伊月のシンプルなダジャレの感想を言おうと口を開いたとき、遥は再度身構えることとなった。
先程よりはキツくないようだが、またも咳き込み始める。
つい先程潤したばかりの喉は焼け付くように痛み、咳のしすぎで腹筋も軋む始末だ。
これに吐き気も加わっていれば、さぞ辛かったことだろう。
「………ふう」
漸く治まったところで、遥は大きく息を吐き出した。
眉根を寄せ、険しい表情を見せる伊月の指が遥の目元へ寄せられる。
目尻から零れる雫を拭うと、自嘲的な溜め息を1つ。
「…って、ダジャレ言ってる場合じゃないな。飴でも持ってたら良かったんだけど」
「その気持ちだけで十分だよ」
そう返した遥は手元の鞄を軽く叩いてみせた。
喉飴も風邪薬もしっかり用意してあるのだ。
それを察した伊月はどこか悲しげに瞳を細める。
「ああ…じゃあオレが役に立てることはないかな」
「そういう意味じゃなくて…」
彼の手を煩わせる必要はないというだけで、先程といい助けてもらっているのだと、大きなマスクの下でしどろもどろとなった遥の頭に手を乗せ、伊月は優しく言った。
「分かってるって。昼飯、一緒に食べような」
「え?うん、それはいいけど、でも…」
「大丈夫。そんなヤワじゃないし。遥がちゃんと飯食えるかどうか見張ってるよ」
促されるように頭を撫でられ、遥はこくりと小さく首を振る。
「何なら食べさせよーか?」
「あーん、って?」
「そう」
((いやもう分かったから!))
ここまできて、漸く声なきツッコミが決まった。
この声なきツッコミの主は勿論、痺れを切らせた2─Aのクラスメイトたちだ。
後5分もすればSHRが始まるという今の時間、ほとんどのクラスメイトは登校済みで、教室内で友人たちと騒いでいたのである。
───目立つ位置にいる、とある2名の会話をBGMに。
クラスメイトたちからすれば、片方の体調が悪かろうが良かろうが、睦まじげな様子を見せつけられるのは、もはやいつものことである。
この2人が一緒に昼食をとるというのも、珍しいことではない。
更に言えば、この2人が互いを常に気にかけているということも、周知の事実なのである。
恥ずかしいやら羨ましいやら微笑ましいやら、複雑な思いが入り混じったものを胸に抱く友人たちの願いはただ1つだった。
"七瀬遥の風邪が早く治って、伊月俊に移るなんてベタなことにもなりませんように"。
END
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