「じゃ、行ってきます」
黒子はゆっくり立ち上がると、まだ足元がおぼつかないまま歩き出した。
遥も慌てて立ち上がり、手を伸ばす。
「ちょっ…」
「いやいやいや何言ってんのダメ!ケガ人でしょ!てかフラついてるじゃない」
遥が駆け寄るより先に、同じく慌てた様子のカントクが黒子の進行方向へ回り込んだ。
「今行けってカントクが…」
「言ってない!たらればがもれただけ!」
「…じゃ、出ます」
「オイ!」
漫才のようなやり取りだが、カントクも黒子も至って真剣なのだと見て取れる。
遥は苦い表情のまま黒子の傍らに立ち、彼の腕に手を添えた。
中学時代の黒子を見てきている遥は、少なからずカントクよりは、黒子がどんな人物なのか知っているつもりだ。
「ボクが出て戦況を変えられるならお願いします」
黒子は静かに続ける。
「…それに約束しました。火神君の影になると」
それが今の彼の居場所。
遥は一度唇を噛みしめてから言った。
「テツヤ、私の質問に簡潔かつ的確に答えて」
少し驚いた様子で遥の方を見た黒子は、短く返事を返す。
「吐き気する?」
「いいえ」
「フラつく?」
「…少しだけ」
「頭痛い?」
「…いいえ」
「ここ何処?」
「海常高校の体育館です」
遥の指示通り、簡潔かつ的確に黒子は答えた。
彼の回答に嘘はないだろうが、返事の裏を読む必要はありそうだ。
一拍置いてから、遥はリコへ向き直る。
「今の感じだと緊急を要する程じゃないみたいけど、出血もあったし最低でも30分は安静にして様子を見るべき」
あくまでマネージャーとして導き出した結果なため全て正しいとは言い切れないが、彼女が自身で調べ蓄えた知識を活用した上でのこの報告は、間違いでもない。
「セカンド・インパクト・シンドロームの恐れもあるから、勿論試合に戻るべきじゃない。けど、本人にはやる気しかないし、このまま大人しくベンチで座っていられるようなタイプでもない」
そこまで言うと、遥はリコの目を見て判断を仰いだ。
決めるのはマネージャーの遥ではなく、カントクの彼女である。
いくら黒子が大丈夫だと言っても、本来なら出すべきではないということは彼女も百も承知。
だがやはり、彼の意志を無視するわけにはいかなかったようだ。
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