キセキの世代対決に魅せられた誠凛バスケ部一行は、試合終了後学校に戻ってすぐさま練習を開始した。

予想通り、ではあるが、いつものメニューを行っているだけにも関わらず合宿の成果が目に見えて現れ、また同時に部員一人一人のモチベーションも高い。

刺激的な試合のお陰でカントクの指導にもいつも以上に熱が入るが、皆それを物ともしないどころか寧ろ上回ってしまうぐらいだ。

しかしそんな熱意も一体感も一入な体育館で、ただ1人普段と様子が違う者がいた。

そしてその不穏な変化に気付かないカントクではない。


「どしたのよ遥…体調悪い?」

「ううん、大丈夫…」

「全然大丈夫そーじゃないけど。オーバーワーク心配だから今日は早めに切り上げるつもりだったし、何なら先に帰っても…」

「何かあったのかカントク…って七瀬、顔色悪ーな。ちょーどいいわ、15分休憩ー!」


敏感に何かを感じ取ったらしい主将が休憩の指示を出すと、部員達はタオルやボトルなど思い思いの物を手に、遥達の元へ集まった。

あの試合の後ということもあり、やはり自然と遥が気になるのだろう。

キセキの世代の先輩で、彼らのマネージャーを務めていた問題の遥は、先程からずっと俯き加減でどうも歯切れの悪い返答しか出来ないでいた。

純粋な眼差しが、心配の眼差しが、不安の眼差しが、疑念の眼差しが、幾つも彼女を貫いていく。

串刺しにされた感情は、そっと剥がされ見せしめの如く磔になった。


「合宿中、遥は殆ど外だったもんな…その後に後輩同士のあんな試合見たら疲れも出るよ」

「大丈夫か?先帰るなら送ってくけど…」


2年間同じクラスで同じ委員の伊月が労りの言葉をかければ、互いの祖父母同士が知り合い故昔馴染みである木吉が送って帰ると申し出る。

それに続いて、心配そうな水戸部の心境を代弁した小金井と土田からも「オレ達だけでも何とか出来るから」と気を遣われ、期待のルーキー黒子と火神からも「無理はしないで下さい」と言われてしまえば、遥はすっかり困り果ててしまった。

彼女はけして体調不良なのではなく、心が同じラインにいないだけなのだ。

最初から、此処に。


「皆ありがとう。でも、体調は本当に大丈夫。ただちょっと…やっぱり私は皆の仲間じゃないなって思ってただけだから」

「………え?」


瞠目したのはカントクだけでなく、この場にいるほぼ全員が動揺で息を飲むこととなった。

彼女が紡いだ言葉には、大きな矛盾があったからだ。


「何言ってんのよ遥…意味分かんないんだけど」

「仲間ではないって…どういうこと?この部活ってこと?」


震える声で促すカントクに、疑問を返す伊月───遥は小さく頷いてみせる。

ざわ、と空気が揺れると同時に、遥はゆっくりと吐き出し始める。


「私は過去に捕らわれたまま成長も決別も出来ないし、皆の勝ちに貢献出来ない」


誠凛高校バスケ部マネージャー・七瀬遥。

その肩書きを背負うこととなったあの日から、共に歩み走り立ち止まり、倒れて起き上がりまた歩んできた2年生達は、短い疑問詞しか紡ぐことが出来ない。

一体遥は何を言っているのか。

普段穏やかに部員達をサポートし、ひたすら裏方に回ってくれていた彼女は、一体何を訴えようとしているのか。

彼らには先が全く見えなかった。


「オレ達よりキセキの世代が気にかかるってこと?七瀬ちゃん帝光出身なんだから気になるのは当たり前じゃん!」

「そうだよ…それに勝ちに貢献出来ないって…大体ベンチなオレにだって『例え試合に出ていなくても、ツッチーくんもチームの一員で戦力だよ』って言ってくれるだろ?それならマネージャーである七瀬さんが、貢献出来ていないはずないじゃないか」


小金井、土田の意見に賛同するように、2人の少し後ろで水戸部が大きく首を縦に振る。

言葉にはしないものの、その表情には『何故』という混乱が色濃く出ていた。


「まさか遥…ずっとそうだったのか?オレ達とずっと一緒に練習して試合して、途中抜けたオレの心配もしてくれて……その間もずっと遥の時間は帝光のまま止まっていて、勝利に貢献出来ないから誠凛バスケ部の一員じゃないって、ずっとそう思ってたのか?」


男らしい顔付きが鋭く、普段の木吉からは信じられない程語気が荒い。

体の横で握られた拳が震えている。

だが遥は、いつもなら必ず相手を見る遥は、彼に目を向けることなく黙りこくった。

彼ら彼女らが知る七瀬遥を囲ったまま、それは着実に巣くっていく。


「帝光に入ってから、最初は楽しかった。同期に才能もリーダーシップも優れた子がいたから、ついていこうって思えたし。でも後輩に大きすぎる才能を持つ子達が入って、いくら頑張っても越せない壁が出来て、でもその子達は私を慕ってくれて……応えようとしても、頑張っても、何も出来なくて」


青春まっただ中の帝光中学時代、遥はマネージャーとして今と変わらぬスタンスではあったが、帝光の中でも秀でた才能を持つ主将と共に日々切磋琢磨していた。

勝利に強いこだわりを持つ中学ではあったものの、厳しい練習を経て成長した面々が勝利を掴む様はマネージャーとしても誇らしく、このためにまた頑張ろうと思える程、毎日モチベーションを上げていたのである。

しかし1年後輩に、後にキセキの世代と呼ばれる部員が入ったことをきっかけに、その歯車は少しずつずれていったのだった。

努力するしか道がない自分、努力しても壁を越せない自分、帝光バスケ部の勝利に貢献出来ない自分。

羨望と、嫉妬と、失望。

負の感情ばかりを溜め込んだ遥は、遥自身をその場に置いてきてしまったのだ。


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