全国大会の会場へバスで移動する間、遥は1人携帯を見つめ続けた。

譲り合いの精神で最終的に座ることとなった席は1人掛けであり、横から覗かれる心配もなければ、変に声をかけられることもない。

何の変哲もないディスプレイに表示されているのは、真っ白な件名、真っ白な本文で構成されているメールだ。

辛うじて差出人だけは明確に分かるそれを、遥はただぼんやりと見つめていた。

この送り主は、このメールに一体何を込めたのか。

いくら考えても遥には分からなかった。


「…返事」


ぽつりと零れた言葉は、幸か不幸か誰かに届く前に掻き消されてしまう。

意を決したかのように大きく息を吐き出すと、遥はただ無機質に同じ文字──後輩の名前──だけを表示し続ける携帯を、そっと鞄の中へと仕舞い込んだ。

彼が求めているかはさて置いて、返事を返すのは試合の結果を見届けてからでも遅くはないと判断───思い込んで。









「すっげー!!これが全国大会!!」


さすが学生スポーツ界のビッグイベントと言うべきか、会場は大きな熱気に包まれていた。

中央で行われているレベルの高い試合に、四方を埋め尽くす観客からの大きな歓声。

出場するわけではないと言うのに、身が引き締まるような緊張感だ。


「カントク、お目当ての試合は?」

「この試合のアト…ちょうどもうすぐよ。あと15分ぐらいね」


15分。

あと15分で彼ら───黄瀬と青峰の試合が始まってしまう。

前を歩く同輩、主将とカントクの背を視界に入れたまま、遥は過去に思いを馳せた。

黄瀬は好き嫌いを明確に示すタイプだ。

だからこそ最初、部活では先輩にあたる黒子にも不満を漏らしていたのは遥も知る事実。

そしてその黄瀬が青峰の奇想天外なプレーに惚れ込み入部してきたのも、遥はよく理解していた。


「黒子…どっちが勝つと思う?」


言わば当然の疑問ではあったが、静かに口を開いた火神の問いに、黒子は淡々と答えを返す。

聞き耳を立てることとなった遥も、思うことは同じだ。


「わかりません…『キセキの世代』のスタメン同士が戦うのは初めてです。…ただ」


まだ青峰が無邪気な笑顔を見せていた頃───その頃を懐かしみ嘆いているのは遥だけではない。


「黄瀬君は青峰君に憧れてバスケを始めました」

「!」

「そしてよく2人で1対1をしてました…が」


2人が楽しくバスケをしていたことも、黄瀬が青峰を追い掛け喜々していたことも、帝光中出身である遥と黒子は己の目で見てきているのだ。


「黄瀬君が勝ったことは一度もありません」


舞台としては申し分ないこの全国大会の会場で、『海常高校の黄瀬』は『青峰』にどう立ち向かい、『桐皇学園高校の青峰』は『黄瀬』をどう迎えるのだろうか。

観客席へと向かいながら、遥はすっかり乾いてしまった唇をそっと開いた。


「…涼太は大輝に勝ったことはないけど、追い続けるものがある。大輝は涼太に負けたことはないけど、今日の試合手を抜くことはしないと思う」


眩しいぐらいの笑顔を浮かべた2人が、脳裏で飛散して消えていく。


「どっちが勝つにしても、見る価値のある試合になるだろうね」








「それでは準々決勝第二試合、海常高校対桐皇学園高校の試合を始めます」




END

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