相田スポーツジムを飛び出した遥は一目散に駆け出した。
思わず目を瞠る程の情報網を持つかつての後輩曰く、誠凛期待のルーキーの現在地はバスケットコート。
痛めた足が完治していない彼がコートにいるということは、即ち───手遅れになってしまうかもしれない。
バスケ好きにも困ったものだと嘆息しながら、遥は見知った道を駆け抜けた。
*
「火神く…」
目的地に到着するや否や、遥は乱れた息を整える暇もなく呆然とその場に立ち尽くした。
フェンスに囲われた先のバスケットの下、尻餅をついている後輩の顔色は真っ青。
絶望的な様子の火神を見下ろすように───いや、見下すように対面に立っているのは、今この場にいるはずのない人物だった。
短く切り揃えられたブルーの髪に、褐色の肌。
露出の多いタンクトップ姿のため、彼がどれだけ優れた体格をしているのかもよく分かる。
「────大輝」
震える声を零せば、氷柱の如く冷たく尖った空気を纏う少年は、可愛げが垣間も見えない笑みを浮かべて言った。
「遅かったな、遥」
『キセキの世代』の1人・青峰大輝。
黄瀬や緑間と同じく名実共に規格外な彼は、気怠げに首を鳴らしながらかつての先輩を見下ろす。
その髪と同じ青の鋭利な双眸に怯みそうになりつつも、遥は大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
思いがけない再会に胸が軋んだが、それを押さえ込むように見えない膜で覆い隠す。
「久しぶりだね」
「相変わらずちっせーな。つか縮んだんじゃねーの?」
「大輝が伸びたからでしょ?」
背も伸び体格も良くなり、どこか雰囲気が冷たくなった後輩は、先に再会した後輩たちとはまた違う意味で変わっているようだった。
年の差は1つ。
大きいようで小さく、小さいようで大きい差は確実に広がっているようである。
「…火神くん」
再会の文句もそこそこに、かつての後輩の隣をすり抜けた遥は現在の後輩の前に膝をついた。
心此処にあらずな火神は、苦々しく歯を食いしばるだけだ。
「…大丈夫?」
「正直ガッカリだわ」
投げ掛けられる落胆の言葉は本心か挑発か。
「これならオマエとやった方がマシだったかもな」
「大輝」
遥にしては珍しい程刺々しく、呆れ混じりの後輩の声をぴしゃりと遮った。
「部活抜けてきてるんでしょ?」
「は?何言って…」
「私はもう大輝の先輩じゃないかもしれないけど、でも」
青の双眸に遥が映れば、その瞳が険しく細められる。
次の言葉を待つように、彼は何も返さなかった。
「やっぱり先輩だから見逃せない」
「…相変わらずだな、やっぱ」
自嘲にも見える笑いを浮かべると、青峰は隅に置いてあった自分のものらしいパーカーを拾い上げ踵を返す。
「オマエが選手なら良かったのに」
そして、最後の最後に起爆剤を投下してから去っていった。
「………七瀬センパイ」
「火神くん、バスケしちゃダメって言われてたよね?」
自身も様々な思いがあっただろうに、青峰の背中が見えなくなるまで声をかけずにいた火神は、かなり空気を読んだ方だろう。
彼の判断はけして間違いではなかったはずだが、全てを押し殺すように向けられた遥の笑みのせいで冷や汗と共に押し黙ることとなった。
何のための休みなのかを畳み掛けるように事細かに説明されてしまえば、ぐうの音も出ない。
「…スンマセンでした」
「リコにたっぷり怒ってもらおうね」
「!!?」
END
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