その後ろ姿を見送ってから、遥も黄瀬捜しに戻る。

が、角を曲がってすぐに目当ての人物は見付かった。


「あ、いた」

「遥センパイ!?もう帰ったんじゃ…」

「私以外はね」


傍らの水道で頭から水を被ったばかりなのか、タオルを用意してあるにも関わらず、黄瀬は髪から水滴を滴らせたままだ。


「試合お疲れ様。この水好きかな?一応高濃度酸素水なんだけど…あんまり意味ないんだっけ」


遥は鞄を漁ると、未開封のペットボトルを取り出す。

中身は、高濃度酸素水と銘打たれたミネラルウォーターだ。

黄瀬は困ったように目を細める。


「鞄の中は、未開封のミネラルウォーターのペットボトルと新品の白のタオルに、絆創膏と湿布薬と冷却ジェルシート。……あってるっスか?」

「よく覚えてるね」


黄瀬が羅列したものは、中学時代から変わらず、遥が試合の際に持ち歩いているものに違いない。


「オレからしたら四次元鞄だったんスよ、センパイの鞄」

「それしか入ってないのに?」

「それしか入ってないのに」


苦笑してみせてから水道の縁へ凭れ、黄瀬は俯いた。

滴る雫が地面へ散っていく。

遥は一度深呼吸してから話し出した。


「今日ね、テツヤが涼太をマークしてるの見て、ちょっと嬉しかったんだ。ギリギリだったけど、格上相手の試合にも勝てたし」


黄瀬の肩が僅かに跳ねる。


「でも、勝ったときすぐには喜べなかった。余計なお世話だって分かってるんだけど…いざ目の前で試合見ると駄目だね。結局過去を拭いきれてない。もう大分経つのに」


遥は誠凛の一員として最善を尽くしてチームの勝利を望んだし、実際それを掴んだ。

しかし片隅に過ぎる元チームメイトの姿に、後ろめたさを感じていなかったとも言い切れない。

今黄瀬の前にいるのが、その証拠である。


「私はもう負けを知ってるから、涼太がこれからもっと強くなるって分かってるよ」


精一杯微笑んだつもりだった遥の視界が、突如暗くなった。

体が軋みそうな程強く抱きしめられる。

だがその肉体的な苦しさより、別の苦しさが彼女の胸を締め付けた。

視界が歪む。

温かいものが頬を伝うのを感じながら、遥は負けを知ったばかりの背へ腕を回した。









それから数十分後。

黄瀬に別れを告げ、リコから伝えられていた飲食店に辿り着いた遥の視界に入ったのは───


「え、皆………え?」


2年を筆頭に瀕死状態の部員たちと、ただ1人肉に食らいつく火神の姿だった。




END

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