海常の監督、武内源太は表情を変えずに答えた。


「見たままだよ。今日の試合、ウチは軽い調整のつもりだが…出ない部員に見学させるには学ぶものがなさすぎてね。無駄をなくすため、他の部員達には普段通り練習してもらってるよ」


遥の眉間に皺が刻まれる。

勿論彼女だけでなく、誠凛陣にとって気持ちのいい返答ではない。

自分の仲間たちの様子が変わっていく気配を、遥は肌で感じていた。


「だが調整とは言ってもウチのレギュラーのだ。トリプルスコアなどにならないように頼むよ」


監督の背後に見える海常レギュラーたちは、やはり全員手強そうだ。

雑誌『月刊バスケットボールマガジン』を愛読している遥の記憶に残る選手もいる。

今のところ青いユニフォームの彼らには罪はないが、言われっぱなしで易々と負けるつもりもない。


「…ん?何ユニフォーム着とるんだ?黄瀬、オマエは出さんぞ!」

「え?」


ユニフォームに着替えていた黄瀬が、監督の言葉に手を止める。


「各中学のエース級がごろごろいる海常の中でも、オマエは格が違うんだ」


「ちょっ、カントクやめて」と謙遜する黄瀬に構わず、武内は溜め息を吐いた。


「黄瀬抜きのレギュラーの相手も務まらんかもしれんのに…出したら試合にもならなくなってしまうよ」

「なっ…」


散々な言われように、誠凛側の怒りはそろそろ臨界点を突破しそうだ。

遥は口を開かず、去っていった武内の背中を目で追った。

嫌味しかもらわなかったが、彼は強豪校の監督、実力はあるし、それは部員たちも然りだろう。


「大丈夫、ベンチにはオレ入ってるから!」


監督の態度を見かね、黄瀬は慌ててフォローを入れる。

部員ながら、彼も監督の無礼を恥じてはいるらしい。


「あの人ギャフンと言わせてくれれば、たぶんオレ出してもらえるし!オレがワガママ言ってもいいスけど…」


黄瀬の雰囲気が一転した。


「オレを引きずり出すこともできないようじゃ…『キセキの世代』倒すとか言う資格もないしね」


嘲笑うように彼から紡がれたのは、確かな挑発。

何処かで何かが凍り付くような音が聞こえた。


「オイ、誠凛のみなさんを更衣室へご案内しろ!」


案内担当らしい部員に引き連れられ、誠凛陣は動き出す。

全員表情に怒りを露わにし、捨て台詞も忘れない。


「アップはしといて下さい。出番待つとかないんで…」


黒子は黄瀬に。


「あの…スイマセン。調整とかそーゆーのはちょっとムリかと…」


カントクは監督に。


「「そんなヨユーはすぐなくなると思いますよ」」


黄瀬が出番を待つなど有り得ない。

誠凛との試合で調整など出来ない。

意味を汲み取った武内は眉を上げた。


「なんだと?」


試合前のウォーミングアップなやり取りに、遥の唇は弓形になる。

全ては試合で───そんな思いを込めて、律儀に監督に頭を下げてから彼女も最後尾に合流した。


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