「じゃ、案内しますんで」
黄瀬は遥の腕を引いたまま先頭に立って歩き出す。
「あ、そーだ遥センパイ」
彼の顔から、先程までの人懐っこい笑みは消えてしまっていた。
後方を流し見るアーモンド型の瞳に映るのは、アメリカ仕込みな誠凛期待のルーキー。
「さっき本人にも言ったんスけど…今日本気でツブすんで」
「まさか手、抜くつもりだったの?」
予想外の返事だったからか、黄瀬の目が覇気を失う。
手を抜くつもりは最初からなかったのかもしれないが、あえて宣戦布告されると本当は手を抜くつもりだったと取れないこともない。
「え、や、その…」
遥の心中を知ってか知らずか、いつもの調子で困惑を見せる彼に、彼女は追い討ちをかけるように唇だけで微笑んだ。
「もしそうしたら怒るよ。私は試合に出ないけど、本気で潰しにおいで」
誠凛の一員として、そして先輩として言い放つ遥。
海常に比べれば誠凛は格下だが、手を抜かれていいチームではない。
正々堂々戦うべき試合で、後輩に手を抜くような真似はしてほしくない。
口元は弧を描けど、遥の両の瞳は真剣そのものだ。
「……はいっス」
黄瀬は双眸を細め、勝利を確信しているように微笑み返した。
自分が慕う先輩がいようと敵は敵。
しかも、尊敬している元チームメイトを丸め込んだ興味深い奴がいる。
そもそも自分に『敗北』なんて有り得ない。
ならば完膚無きまでに潰すまで───といったところなのだろう。
「あ、ここっス」
案内されたのは広々とした体育館。
試合のための準備は整っているようだったが、
「…って、え?」
そのコートの大きさは予想の半分だった。
「………片面…でやるの?」
「うーん、片面か…」
リコと遥の呟きが重なる。
「もう片面は練習中…?」
ネットで区切られた奥半面には、此方を見向きもせず練習に打ち込む海常部員たち。
「てか、コッチ側のゴールは年季入ってんな…」
用意された手前半面は、試合が出来るよう整備はされているものの、ゴールも古く、『最低限』といった印象が強い。
遥はどういうつもりなのか黄瀬に訊ねようとしたが、彼は「じゃ、また試合で」と言うとさっさと自身の準備に行ってしまった。
「ああ来たか。今日はこっちだけでやってもらえるかな」
と、黄瀬と入れ替わりに、海常高校バスケ部監督がやってくる。
ふくよかな体型のその男性に、遥は見覚えがあった。
向こうも遥に気付いたようだったが、言葉を交わす前に誠凛のカントクが挨拶を返す。
「こちらこそよろしくお願いします。…で、あの…これは…?」
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