2人が向かい合う。

ボールはゆっくりと床に打ち付けられているが、大分頭が冷えたらしい日向の計らいで、その音は先程と比べ物にならないぐらい静かだ。

眉間に刻まれた皺は濃いままであるものの、幾分か表情も和らいでいるようである。

彼の中に、ある意味厄介な彼女の攻略法がしっかりと思い描かれているのであろう。


「なぁ、遥…オマエやっぱすげーわ」

「え…?」


今までとは違う角度からの驚きに目を見開いた遥を、日向が抜き去った。

彼女と背中合わせに立ち止まった彼は、口を動かしながらシュートモーションに入る。


「あー、悪ぃ。カントクはいいとして、伊月も木吉も、オマエを名前で呼んでるだろ?まぁ何つーか…ずっと羨ましかったんだよ、実は」


綺麗な放物線を描いたボールは、そのままネットを潜っていった。

床を転がるボールは、壁を跳ね返って日向の元へと戻っていく。


「オレはオマエの気持ちを理解してやれねーけど、そんなに自分を責める必要も、オレらから離れよーとする必要もねーと思ってる。誰よりバスケのことを考えて、誰より部活のことを考えて、誰より勝利に貪欲で頑張ってきてるからこそ、そこまで思い詰めたんだろーし」


ぎゅっと胸の前で両手を握り、遥は縮こまった。

大きく見開かれたままの瞳には、見る見るうちに涙の膜が張っていく。


「つーわけで、遥は間違いなくウチのマネージャーだ。主将のオレが言ってんだけど…何か文句あっか」


第三者から見れば、酷く馬鹿馬鹿しい悩みだっただろう。

第三者から見れば、酷く意味のない1対1だっただろう。

だが遥からすれば、今の今までずっと動けなかった遥からすれば、四方八方を繋ぎ止めていたその真面目故の鋼の糸が、消え去った瞬間なのだ。


「ううん…ありがとう、順ちゃん」

「遥っ!」


同級生達の列から飛び出したカントクが、遥に飛びついた。

いつもは強気に輝いている彼女の特異な瞳からも、雫が溢れている。


「バカ…ほんとバカなんだから…!一番真剣に考えて向き合ってるはずの遥がそんなこと言うなんて…真面目すぎて意味分かんないわよ…!」

「ごめんね、リコ」


それをきっかけに他の部員達も遥の元へ歩み寄った。

圧倒的な勝利と才能を知っているからこそ置いてきぼりになった心は、今確かに元の場所に戻ってきていたし、重くて上がらなかった足も、間違いなく同じ舞台へと戻ってきている。


「にしても日向、最後は抜けたから良かったけど、9連続カットとかヤバかったな」

「もう七瀬ちゃんに練習入ってもらう方がいーんじゃない?あー、でも七瀬ちゃんと向かい合ったらバスケどころじゃなくなるしなぁ…」

「や、意外といけるんじゃ…」


あやすように遥の頭を交互に撫でていた伊月と小金井が言うと、その後ろにいた木吉が顎に手を当て考え込み始めた。

小金井の冗談だ、とそれに待ったをかける土田の横では、眉を下げた水戸部がハンドタオルで遥の目元を拭っている。

先輩達に場を譲って、一歩引いたところで見守る1年生達は一件落着だとほっと胸を撫で下ろしていたが、小金井の発言を本気に捉えたカントクが「それ、アリかも」と楽しげに笑ってみせたため、すぐさまぎょっと目を剥くこととなった。

そんな中、何より居心地が悪いのは、良いところを持っていったはずの主将・日向だ。

部活結成前は技術面でも精神面でも打ち負かされた1対1を、今やっと打ち崩して真面目すぎて悩みすぎたマネージャーの柵を取っ払ったというのに、更に付け加えるならばどさくさに紛れて念願の名前呼びも果たしたというのに、結果は横に置いて、主将がマネージャーに9本連続でセーブされたと痛いところを突かれ、剰え練習メニューに組み込むべきと言われているのである。

遥のビビり体質がいい練習になるという見解ではあるが、それにしても主将形無しだ。


「どいつもこいつもうっせーよ!練習再開すっぞ!」


がしがしと頭を掻いた日向の一喝で、各々が持ち場に戻り始める。

右に倣えで、すっかり明るい表情で準備に入ろうとした遥をひっそり呼び止めたのは、黒子と火神だ。


「テツヤも火神くんもごめんね。みっともないところ見せちゃって…」

「みっともなくなんかありません。帝光でも誠凛でも、いろんな意味で遥先輩以上のマネージャーはいないとずっと思っていましたから、それが間違いじゃなかったと改めて思いました。これからも宜しくお願いします」

「あんま難しいことはわかんねーけど、センパイみてーなマネージャーがいるってのは幸せだろ…です」

「ありがとう」


誰よりも真面目で、誰よりも自分の力を理解し、誰よりも才能に苦しんでいた七瀬遥は、今漸く『誠凛高校バスケ部のマネージャー』として、歩き始めた。




END


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