「マネージャーとして頑張っても、さつきみたいにサポート出来ない。マネージャーとして頑張っても、リコみたいにサポート出来ない。でもいつも皆、私にありがとうって言ってくれるの。皆と同じ気持ちで、同じ場所に立つことが出来ない私に」


中学のときには後輩・桃井さつきが、高校に入ってからはカントク・相田リコが最も身近な対象だった。

頭脳や容姿もさることながら、何より遥を信用し信頼している2人は、その突出した才能でチームの勝利に貢献出来るのである。

劣等感などといった言葉で言い表せないものが、重く深くのしかかり、そしてついに遥を押し潰したのだった。


「私は、何も出来ないのに───!」


漸く吐き出された本音を、誰も掬いあげることが出来ない。

大人しい遥が感情を表に出すこと自体が珍しいのだ。

更にその理由が、自分に力がなく同じ気持ちで同じ場にいられないから、というのだから、裏切りにすら似た空虚感である。

遥と付き合いの短い火神ですら、もやもやと言いようのない感情が燻っているのだから、帝光時代を知る黒子や、同級生達はもっと大きく錯乱しているだろう。

だがその中で1人、じっと黙って遥を見つめるだけの部員がいた。

誠凛バスケ部主将───日向順平だ。


「誰がんなこと言ったんだよ。お前が誰かに劣ってるだとか、同じ舞台に立てねーだとか。言った奴がいるなら連れてこい。七瀬遥は誠凛バスケ部の勝利のためにも、部員のためにも、必要不可欠なマネージャーだって1から説明してやるから」

「私だよ、言ったの。全部私が言ったんだよ」


遥の力強い戒めが、2人の間を切り裂いた。


「じゃあ教えてやるよ七瀬。ウチのマネージャーはこの世にたった1人、一番努力家なくせに一番卑下する、バカみてーに真面目で謙虚な奴ってことをな」


漸く顔を上げた遥の双眸に、顰めっ面の日向が映り込む。

彼の眉間に深く刻まれた皺や鋭く冷たい眼差しは、クラッチタイムでチームを引っ張る姿と相違ない。

少なくとも、日向は腹を立てているのだろう。

その対象が一体どちらなのかは、この場にいる部員全員が読み取れないが。


「ねぇ、主将。1対1しよう」

「は?1対1って…」

「あのときみたいに、1対1しよう」


突っかかるか卑下するか、遥から返ってきた思わぬ返答に日向は狼狽えた。

誠凛バスケ部主将対誠凛バスケ部マネージャーの1対1───それが繰り広げられたのは、まだ彼ら彼女らが1年生だった頃、誠凛バスケ部設立の頃まで遡る。

日向が木吉に完敗したあの日、彼は嫌悪すら抱く帝光出身で、マネージャー経験しかない七瀬遥とも1対1を行っていたのだ。

遥の特性を活かした、特別ルールの1対1ではあったが。


「主将とマネージャーが1対1って、結果はやる前から明らかじゃねーか…」

「…そうとは言い切れません。遥先輩は、キセキの世代にとって唯一で最小の鉄壁ですから」

「はぁ?」


疑問だらけの火神や黒子、そして他の同級生達の視線を一身に集め、主将とマネージャーが向かい合う。

ハーフコートでいつも通りの遥と対峙する日向は、苦虫を噛み潰したような表情だ。


「キセキの世代は皆、遥先輩を慕っていました。それは先輩の人柄もありましたが、他の部員達の前で彼らをバスケで黙らせたからでもあります」

「あのセンパイ、そんなにバスケ出来んのかよ!?」

「いえ、出来るのは出来ますが、決して彼らより上手いわけではありません…先輩はとても驚きやすい方なので、反射的に弾くことが出来るだけですから」


火神が何かを察したかのように2人に目をやった瞬間、勢いよくボールが吹っ飛んできた。

反射的に受け止めた火神だったが、慣れ親しんだそのボールは掌がじんじんと痺れる程のパワーを持って飛んできたようである。

そんな後輩の驚愕の先で、主将である日向は悔しげに舌打ちをした。

彼の体勢から、ドリブルをしていたのは見て取れるが、対する遥は重心は低く構えているものの、一歩も動かないまま利き腕を大きく横に払っただけのようなのだ。

つまり、黒子の言う通り、けしてバスケスキルが高いわけではない遥は、日向が持つボールを叩いて弾いてみせたということである。


「相変わらず条件反射には敵わねーみてーだが…オレだってあれから何にもしてねーわけじゃねーよ!」


火神から受け取ったボールを日向が構えた瞬間、遥の手が目にも止まらぬ速さでそれを弾き飛ばした。

あくまでボールを叩くという行動しかしていないが、1対1というこの状況では、確実に遥が優勢となっている。

日向が熱くなればなる程、躍起になればなる程、人や音に敏感なビビり体質の彼女は、体が動くままにその元凶を断ち切り続けるのだ。

即ち、日向が落ち着いて、遥を脅かすことなく彼女の身長では届かない位置に持ち込めば、簡単にそれを躱し勝つことが出来る。

がしかし、ただのマネージャーである彼女に、彼より随分と小柄で華奢で大人しそうな彼女に何度も進路を邪魔されるという屈辱は、選手として活動する面々のプライドを大いに刺激するため、口で言う程簡単にはいかないのだ。


「クソッ…」

「最後の1回だよ、主将」


あっと言う間に9回連続でセーブしてみせた遥は、氷のように冷え切ったまま言い放った。

クラッチタイムでキレた日向と向き合うのは怖いし、苛立ちから力んだ腕でドリブルされれば響く音も煩くて怖い。

単純明快なサイクルの中、ただ怯えるだけで勝ち星が輝く試合は、彼女の心をどんどん追い詰めていく。

最後の1回、これを止めれば遥の勝ち。

止められなければ日向の勝ちだ。


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