「よーし全員いるな。じゃあ行くぞ」

「「ありがとうございました」」


それからあっと言う間に時は過ぎ去り、いよいよ波切荘と別れを告げる日になった。

地獄の夏合宿を終えた面々の表情は、解放感からかそれは輝いていたが、手応えもあったのであろう逞しさも窺える。


「そうだ、遥。一応訊いておくけど、アナタ見に行くのよね?」

「えっ?何を?」


そんな遥の返答に、面食らったらしいカントクは大袈裟に肩を落としてみせた。


「何をって…アンタの後輩よ後輩。当然知ってるでしょ?」


遥の表情が曇る。

言葉にされてしまえば、嫌でも脳裏に浮かんでしまうではないか。

カントクの言う後輩は、彼女にとって大勢いるうちの2人、恐らく今日最もバスケ界を騒がす人材なのだ。


「私───」

「あ、ごめん。…ちょっとどこ行くのよ?」

「へ…?いや駅…だけど」


困り顔の遥が答えを出さぬうちに、その意図を知らない部員達が道を逸れ始めたらしい。

カントクに遮られた彼らの頭上には『?』がいくつも浮かんでいるようだ。

その記号で全てを表せるのなら、世の中はどれだけ単純明快だっただろうか。

目を背けることが許されないこの状況で、誰も首を横に振ることは出来ない。


「なんのためにここで合宿したと思ってるの?今年はここで開催でしょーが!」


理解したらしい伊月が携帯を取り出した。


「今日は準々決勝…組み合わせは…」


素早く操作されたその先に表示されているのは、見知った面々によるある意味で残酷で明確な結果に違いない。


「……!!?」


"全国高等学校総合体育大会
男子バスケットボール競技大会
準々決勝第二試合
海常高校VS桐皇学園高校"


「このまま見に行くわよ。全国大会」


それ即ち、キセキの世代の黄瀬VS青峰。

誰もが待ち望んだハイレベルな試合になるのは必至。

そして遥にとって、避けることが出来ない試合であるのも事実だ。


「…?」


そのとき、小さな振動を感じた遥はいそいそと鞄を漁り始めた。

引っ張り出したそれに素早く指を滑らせれば、表示されたのは一通の未読メール。

開いた先は───。


「え…?」


見る見るうちに見開かれた双眸に映るのは、白。


「どうしたのよ遥。行くわよ」


驚きから帰ってきた男性陣は、会場へ向かうために踵を返し始めている。

慌てて携帯を握り締めた遥だったが、その表情は暗いままだ。


「ねぇ、リコ」

「何、改まって」

「件名も本文も真っ白なメールを送るときって、どんなとき?」

「えぇ?…宛先だけ入れて間違えて送信しちゃったとか、到着した合図みたいに使うとか───」


突拍子もない質問であっただろうが、カントクは真面目に回答を返した。

遥に道を与える言葉と共に。


「───あぁ、後は言葉にしたくない、もしくは出来ないけど、察してほしい、この人なら察してくれるだろうっていう感じとか?」


胸に染み渡るのは彼への想い。

しかし、その論理を解き明かす術を遥は所持していなかった。


「ありがとう、リコ」




END

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