「ねぇリコ。武田先生とは合宿の話するんだよね?」

「用件までは聞いてないけど、多分そうでしょ。部費の話もしないといけないし」

「今年は2回だもんね」


出だしは上々、いい滑り出しである。


「えぇ。海も山も、そこでしか出来ないトレーニングで鍛えてやるんだから」

「泳ぐの?」

「………まぁ、泳ぐのもアリっちゃアリだけど、違うわ。特に火神君は走らすつもりだから、遥ついててあげてね」


予想はしていたものの、綿密に計算されているであろう火神成長プランに自分が関わるとは思っておらず、遥は素っ頓狂な声を上げた。

特異な瞳を持つリコの方が、よっぽど選手を視ることが出来るだろうに。


「は…?え、私でいいの?」

「当たり前、適任じゃない。あぁそれと、パパが車出してくれるから一緒に乗ってったらいいわ。準備も手伝ってもらうことになるだろうし」


練習メニューどころか、あらゆるタイムスケジュールもカントクはしっかり計算済みのようだ。

あと1点、これさえ躱せばクリアという点を除いて。

これが最重要なわけだが、いつの間にか話しながらも順調に歩みを進めていたため、その角を曲がって少し進めば目的地の職員室というところまできていた。

手短に簡潔に片付けるなら今だ。


「それでご飯の件なんだけど…」

「ちょっと話した通り、予算の関係で自炊。もちろん私も作るわよ。遥にだけ作らすなんてことしないから安心して」


それが一番不安なのである。

本人を前にして声には出さないものの、遥は内心冷や冷やしていた。

本日のメインイベントは、合宿中の被害を最小限にするためにカントクを説得する、なのだ。


「リコはカントクとしてずっと動くことになるんだし、私やるよ?」

「何言ってるのよ。遥だってマネージャーとしてずっと仕事するじゃない!私も手伝うわ。出来ることは全部やりたいもの」


はっきりと紡がれた言葉は、遥の胸へストンと入り込んだ。

部のために自分が出来ることは全てやりたい───その気持ちは痛い程分かるからだ。

彼女の料理の腕前については、この際置いておくとして。


「リコは凄いね」

「どうしたの急に」


頭に疑問符を浮かべながらも、カントクは職員室の扉を開けた。




顧問との打ち合わせ後、伊月とも話していた通り、遥はバスケ部2年にメールを一斉送信したのだが、案の定その文面に皆は頭を抱えることとなった。

『やっぱりリコがご飯手伝ってくれるそうです』

有り難いが、少し困る。

そして悩んだ面々が計画した合宿メニュー試食会を経て、いよいよ海合宿当日を迎えた───。




END

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