「あと2週間ぐらいで退院出来そうなんだ」
白い部屋の一角、同じく白いベッドの上で上半身を起こしている大柄な彼が言った。
制服姿のままその脇の丸椅子に腰を下ろしたばかりだった彼女は、ぱちくりと目を瞬かせ、言葉の意味を理解するまでたっぷり時間を要していた。
旧知の仲であるものの、彼はまた少し違った意味でとても賢くて、それ故何を考えているのか汲み取ることが出来ないときの方が多いのである。
「それって…」
「戻るよ。学校にも、部活にも」
彼女は咄嗟に、掛け布団で隠れている彼の下半身───足へと視線を滑らせた。
今でもしっかりと思い起こすことが出来る。
彼がこの白い箱へ入らねばならなくなった瞬間の、あの光景を。
「大丈夫だって。心配ない」
「………嘘でしょ」
「遥に嘘はつけないさ」
彼女の眉根が不満そうに寄せられる。
嘘はついていなくても、真相も話していないんでしょう?
そう思っても、彼女はそれを口にはしなかった。
ただ胸の内に言葉だけが次々と浮かんでいく。
「鉄平は…」
「オレは遥に絶対嘘はつかないし、無理はしない。誓うよ」
優しく穏やかに、だが力強く言われてしまっては、彼女にはもう自身の意見を飲み込む他に道はなかった。
いつもそうだ。
彼は全てを背負おうと、そして全てを支えようとしてしまう。
「遥、おいで」
甘く響いた声の先で、彼は両手を広げてみせた。
欲しいときに欲しい言葉をくれ、ピンチのときに必ず助けてくれる彼は、彼女をあやすのがとびきり上手いのだ。
「ズルいよ、鉄平…」
「すまん」
勢い良く椅子を揺らして飛び込んだ腕の中は、涙が溢れる程に温かかった。
しっかり背中と腰に回された腕は安心出来る逞しさであり、また頬を擦り寄せれば確かに脈打つ鼓動も聞こえてくる。
鼻腔を擽るのは、この場所特有の香りに加え、彼らしい男らしく優しい匂い。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚全てで彼女を丸め込んでしまうと、彼はそれは優しく彼女の頭へ唇を落とした。
「ねぇ、鉄平」
「ん?」
「私、頑張るね」
「ああ。オレも負けてられないな」
そう言って、彼は穏やかに笑った。
希望と信念を映す優しい双眸が、腕に収まり甘えるように縋りついている彼女を捉える。
だがその彼でさえも、彼女の蟠りを見透かすことは出来なかった。
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