遥は校舎に背中を預けると、手元の携帯を見た。
彼が予定通り此方へ向かっているのなら、そろそろだろう。
何かと目立つ彼が来たらまず周りが騒がしくなるため、すぐに分かるはずだ。
用のなくなった携帯をポケットに滑り込ませると、遥は目を伏せた。
ほとんどの運動部が部活動時間中なせいで、あちらこちらから様々な声、音が聞こえてくる。
暫しそれらに耳を傾けてから顔を上げると、校門の方に黄色が見えた。
「涼太!」
「……っ」
名を呼ばれた彼は遥の姿を見た途端、嬉しそうに破顔する。
そして自分が目立つ存在だと忘れているのか、脇目も振らず一目散に駆け寄ってきた。
「遥センパーイ!お久しぶりっス!」
再会の挨拶にしては激しい抱擁をお見舞いされ、遥は腕の中で苦しそうに身を捩る。
「恥ずかしいって言ってるのに…!」
「センパイが悪いんスよ!」
「意味分かんない…。でもこういうのも久しぶりだね」
「そうっスね。相変わらずセンパイちっさいっス」
「涼太が大きいだけだよ」
主人に甘えて擦り寄る犬のような彼こそが、招かれざる客である黄瀬涼太。
遥にとって可愛い後輩の1人で、かつキセキの世代のメンバーの1人だ。
「今日どうしたの?いきなり誠凛に来るなんて…部活は?」
「それなんスけど、体育館に案内してもらっていいスか?ここだとちょっと」
遥が周りに目を配ると、女子生徒の影がちらほら見える。
自分が引き起こしたことだと分かっているのかいないのか、黄瀬は彼女たちが少しずつ動き出したことを気にしているらしい。
「うん、じゃあこっち」
遥は足早に体育館へ歩みを進めた。
*練習に集中している部員の目を盗んで体育館の2階へ上がることは、至極容易いことだった。
「此処でいいの?」
「はいっス」
下では練習中の火神が、フルスピードからキレのある切り返しを見せ、ディフェンスを振り切りそのままゴールへボールを叩き込んでいた。
先程遥に向けたものとは全く違う、真剣な、しかし何処か冷めた目でそれを見下ろす黄瀬。
「……涼太」
「うおお!!」
「ナイッシュ!」
遥の声は沸き立つ声援に掻き消された。
「すげーな、あのフルスピードからあの切り返し!!?キレが同じ人間とは思えねー」
「もしかしたら『キセキの世代』とかにも勝ってる…!?」
騒ぎ出す後輩の声に、遥は口を噤む。
「あるかも!つかマジでいけんじゃね?」
「あんな動きそうそうできねーって」
「むしろもう超えてる!?」
あれだけいい動きが出来る火神なら、遥の記憶の中の彼らを打ち負かすことは出来るだろう。
だがそれは───
「センパイ」
「もういいの?」
「はいっス」
思考は、眩しい笑顔を見せる黄瀬によって遮られた。
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