「カントク、さっきのください」


女子2人から黄色の球体を受け取ると、火神はそれを躊躇いもなく黒子の口へと突っ込んだ。


「いーから食ってひっこめよバカ」


いつかの国語の教科書に載っていた有名な小説であれば、これが大きな火種となるのだが───ただのレモンをもごもごとさせる黒子も、少なからず驚いてはいるらしい。


「バスケは1人でやるものじゃねーって言ったのオマエだろ!まかせとけ」


大型ルーキー・火神も皆と同意見のようだ。

最終的な判断はカントクであるリコに委ねられるわけだが、遥の横目に映る彼女の表情は固かった。

青峰相手に黒子抜きの誠凛が太刀打ち出来る可能性と、自身を活かせない状態の黒子を出し続けて勝利出来る可能性。

どちらが高いかシミュレーションしてみても、結果はけして明るくはない。


「…よし。後半黒子君は一度下げるわ!第4Qに勝負よ!とは言え取り返しがつかなくなったらイミがない。危なくなったらいつでも出れるように準備しててね」


こくりと黒子は素直に頷いた。


「レモンでも食べて」

「え」

「大丈夫、包丁とまな板あるから」


どこか自信ありげな遥が手慣れた様子でタッパーに並んでいたレモンを輪切りにすると、黒子はその1つを控え目に抓みそっと口内へと放り込む。

酸味がキツいのか僅かに眉根を寄せる姿が可愛らしい、と遥の頬が密かに綻んだ。


「むこうはインサイドが特に強いわ。第3Qは土田君入って水戸部君と2人でゴール下お願い!日向君と伊月君は前半と同じ、9番と4番をマーク」


この束の間の休憩が終われば、このように笑ってなんていられない。


「一番の問題は青峰君だけど……対抗できるのはもちろん1人しかいないわ。火神君!まかせたわよ!」

「うす!」


孤高となった彼を超えることが出来る者がいるなら、それはこの火神大我以外有り得ないだろう。

翳る青はもう見たくなかった。


「いくぞ誠凛──ファイ!!」

「オオッ!!!!」


気合いを入れ直したところでタイムアップ。

誠凛バスケ部は凛然としてコートへ戻っていく。

待ち受けるのは、体も十分温まり、より鋭さを増したキセキの世代のエース・青峰大輝だ。


「………………大輝」


その日も誠凛は今までと同じだった。

今までと同じようにミーティングをして、今までと同じように全員が一丸となって後半に臨んだ。


「とっととやろーぜ」


しかし…


「よう。アップはすんだかよ?」

「だから最後まで抗えよ。できればな」


この試合をきっかけに誠凛は、今までとは大きく変わることになる──────


「第3Q始めます」




END

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