喜びの余韻に浸りながら控え室へ戻り、素早く帰り支度を済ませたカントクは言った。
「さ!帰ろっか!」
「いやちょっ…ゴメン、マジ待って。2試合やってんだぞ、しかも王者…」
「んなテキパキ帰れるか…!!」
「あ、ゴメン」
体全体に襲いかかっているのであろう苦痛に耐え、ぎこちない動きで部員たちはカントクを制す。
その姿がまるでホラー映画に出てくるゾンビのようだと頭の片隅で思いながら、遥は学校指定の鞄を抱え直した。
「オレらは少し休めば大丈夫そうだけど、火神がな」
「でもいつまでもここにいるわけにもいかない…とりあえずどっか一番近いお店に入ろう!」
「あ、じゃあ私、人数入れそうなとこ一応ネットで調べてみるね」
かなり無理をした火神は小刻みに震え、立ち上がることもままならない様子である。
これは移動にも時間がかかりそうだと、遥は携帯を手に控え室を出た。
あの状態の火神が休めて、16人が入れる店で───と、凄まじい豪雨を眺めながら遥は携帯を操作する。
これは何よりも近さを優先した方がいいかもしれない。
携帯のディスプレイはメールの受信を知らせていたが、それの確認は後回しにインターネットを起動する。
───と、遥はおもむろに携帯から目を離した。
代わりに視界に入るのは、向こうから歩いてくる長身の人物。
未だ見慣れない学校指定のジャージ姿に緑の髪、知的でかつ難しそうに引き締められたその顔には幾筋もの水滴が伝い落ちている。
「真太郎…!?」
全身ずぶ濡れである緑間は僅かに目を瞠ると、口を噤んだまま小さく頭を下げた。
「え、どうしたの?水?雨?」
試合の際必ず持参している真新しいタオルを鞄から引っ張り出すと、遥は目一杯背伸びして彼の顔へと手を伸ばす。
試合後にこんなことになっていては、すぐに風邪をひいてしまいそうだ。
「………濡れるのだよ」
静かな声と共に、高い位置へと伸ばされた手首が冷たい掌に包まれた。
芯まで冷え切っているような掌が、遥を見下ろす伏し目がちな緑の双眸が、遥の熱をみるみるうちに奪っていく。
「真…っ」
「遥ー?」
遥の声に、誠凛の女子高生カントクの声が重なった。
「あ、うん。今行くー!」
顔だけを控え室の方へ向けて返事をしていると、その隙に緑間は行ってしまったようである。
どんどん離れていく後ろ姿と腕に残る冷たさに僅かに顔を顰め、遥は仲間たちの所へと引き返した。
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