(微甘程度)



遥は後頭部に温かさを感じ、顔を上げた。

隣を見ると、制服姿の木吉の大きな手が彼女の髪を梳くように触れている。

遥と目が合った木吉は、不思議そうに首を傾げた。


「どうした?」

「ううん、何でもない」

「そうか」


夕方、公園のベンチで別々の制服を着ている男女が並んで座り、男が女の髪を梳いている光景というのはやはり人目を引いてしまう。

だが男は優しい手付きで触れ続け、女もまた拒むことなく、しかし困ったような表情を浮かべ俯いていた。


「鉄平はどうするの?」


少し掠れ、乾いてしまっている声。

木吉は手を止めず、視線を宙へ彷徨わせた。


「んー?」

「秀徳。行くの?」

「いや」

「推薦蹴っちゃうんだ」

「そうなるな」


髪を遊んでいた手が、今度はあやすように遥の頭を優しく叩く。


「遥が行きたいところに行けばいいさ」


遥は何かを飲み込むように口を結んだ。


「もし、そこで何か大きな壁にぶち当たったとしても、遥なら大丈夫」


頭にあった木吉の手が髪を辿って滑り落ち、遥の肩へ添えられる。


「それでもやっぱり、って言うなら」


もう片方の手も空いた肩へと伸ばされ、遥は腰を捻って木吉と向かい合うこととなった。

いつも真摯な力強い瞳が遥の揺れる瞳とかち合う。

夕陽が入り込み、どこか切なさを感じさせる色合いになっているにも関わらず、遥を捕らえる瞳は深く確かなものだった。


「バスケ部のマネージャー、やってくれないか」

「え…」

「誠凛で、オレと、オレの仲間たちのサポートをしてくれないか」

「誠凛…」


遥は譫言のように繰り返す。

それは木吉の家から近く、遥の家からもけして遠くはない新設校の名前だった。


「遥がバスケを好きなのも、楽しんでマネージャーをしてるのも、真剣なのも知ってる。だから」


輝きを増した遥の瞳が更に大きく揺れる。


「高校ではオレと一緒に、バスケしないか」


遥が言葉を発する前に、自然と首は動いていた。


「……うん、私やりたい。鉄平と一緒にバスケする」

「よし、これからもよろしくな」

「うんっ」


翌日、学校に提出された遥の進路希望調査のプリントには、誠凛の文字だけが記されていた。

そして物語は全ての"始まり"へと続くのである。




第一希望前奏曲


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