その日は部活があるというだけで特になんてことはない、極々普通の休日だった。

授業はなくとも部活はある───部活動に勤しむ学生からすればいつもの休日である。

そんな何の変哲もない今日、水戸部が体育館に足を踏み入れると、1人の少女がぽつんと突っ立っていた。

彼に背を向けている少女は、その後ろ姿でも何やら悩んでいるらしいのが伝わってくるぐらい、首を傾げて唸っている。

マネージャーであり同輩でもある彼女に、一体何があったと言うのだろうか。

不思議に思いながら、水戸部はいつも通りにそっと、出来るだけ驚かせないよう細心の注意を払って彼女の肩に手を置いた。

それでもやはり、臆病な彼女はビクッと体を跳ねさせてから、安堵したように彼に微笑みかけたのだが。


「凛ちゃん!おはよう」


それに答えるように水戸部も目元を和らげると、これまたいつも通り彼女の頭をそっと撫でた。

そうすれば、何が言いたいのか察してくれた彼女は嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうな笑みを見せてくれるはず───だった。


「……!?」


一体何があったというのか、今日の彼女はいつもと違って、何故か不満げに口を尖らせているではないか。

予想外の反応に、水戸部の胸は不安でいっぱいになった。

何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

何か悲しませるようなことをしてしまったのだろうか。

思い当たる節はない。

フォローしてくれるであろう友人も傍にはいない。

ぐるぐると渦を巻く混乱に押し潰されそうになったそのとき、意を決したかのように彼女の瞳が輝いた。


「私も凛ちゃんなでなでしたい」









水戸部の頭上に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。

復唱しても彼には意味が分からなかったが、決意新たに水戸部を見上げる彼女の瞳は真剣であり、本気だと訴えかけている。


「駄目?」


そう訊ねられて、すぐさま駄目だと頷くような水戸部ではない。

消えない戸惑いにそわそわしながらも、彼はゆっくり頭を振った。

駄目ではない、でも何故突然そんなことを言い出したのだろう。

彼の中学からの友人のように言いたいことを読み取ってくれる彼女は、その疑問にも簡単に答えをくれた。


「だって、私が嬉しくても楽しくても悲しくても悔しくても、凛ちゃんは頭を撫でて共感してくれたり慰めたりしてくれるから。だから私も凛ちゃんの頭を撫でたいの」


水戸部の頬が朱に染まる。

爆弾発言を投下した本人は至って真剣だが、投下された方はたまったものではない。

暫しおろおろした後、眉を八の字から動かすことが出来ない水戸部は、観念したかのように彼女に合わせて腰を屈めた。


「ありがとう」


嬉しそうな礼が聞こえたかと思うと、彼の頭に優しく温かい感触が訪れる。

それと同時に胸いっぱいに湧き上がる温かさに、水戸部はひっそりと困ったように微笑んだ。




女王に跪く家来の如く
貴女様の御心のままに


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