見知った後ろ姿に、放課後いつものように素直に部活に向かわずふらふらと校内を歩いていた灰崎は、それは愉快そうに口端を上げた。

風に靡く髪は綺麗に整えられていて、指定の制服に包まれたその体は庇護欲を煽られるような繊細さを兼ね備えている。

間違いなく、バスケ部のマネージャーであり先輩でもある七瀬遥だ。

進行方向と大きなゴミ袋を持っているという点から、何処に向かっているのかは一目瞭然。

そっと足音を忍ばせて後ろから肩を抱けば、彼女は驚く程身を強ばらせ振り返った。


「灰崎くん…!?」

「ついて行ってやるよ、七瀬センパイ」


わざとらしく耳元で囁いた灰崎は楽しげに喉を鳴らすと、遥の荷物を持って歩き始める。


「部活もあるんだし、これぐらい私だけで大丈夫…」

「遠慮すんなって。センパイのためならお安いご用ってヤツ」


軽い調子で言ってみせた灰崎は、その言葉通り遥に付き添い、遥の代わりにゴミ袋をさっさと処理してしまった。

これで放課後の掃除ならびにゴミ捨て終了、遥は灰崎と共に部活へ向かおうと振り返る。


「…灰崎くん…?」

「何かアイツら、みんな揃ってアンタを気に入ってるみてーじゃん」


緩やかに弧を描いた彼の口から零れるのは、ただの興味か、期待か、それとも───。


「この場合、誰から"奪う"ことになるんだろーなァ、七瀬センパイ?」


いつも力ずくで彼を止める血の気の多い先輩も、育ちの良さを感じさせる雰囲気のリーダー格の彼も、そういうのに興味のなさそうな同輩だって、ヤケに彼女を気にしているのだ。

さながら"みんな"のアイドルである彼女を手中にすれば、さぞ滑稽な光景を拝めるだろう。

勿論ハッピーエンドが待っているわけはない。

結末がどうであれ、奪えればいい。

出番前の道化師の如く高揚した様子で舌舐めずりしてみせた灰崎を前に、何かを敏感に感じ取ったらしい遥は表情を強ばらせ、少しずつ後退っていく。

それにあわせて、灰崎は一歩ずつ開いた隙間を埋めていった。


「あれ、何で逃げんの?」


少し手を伸ばすだけで容易く掴むことの出来る腕は、彼のものからすればはるかに頼りないものだ。

それに少し力を込めてやれば、彼女を簡単に校舎へ押し付けることが出来るし、顔の横に両手をついてやれば彼女を簡単に囲うことが出来る。

見開かれた瞳が訴えるのは謝罪でも懇願でもない。


「…部活に遅れちゃうよ」

「この場でそーゆーこと言えんのはまじソンケーするわ」

「本当に尊敬してるなら敬語ぐらい使いそうだけど」


灰崎は口先だけで笑った。

そして片手で遥の顎を掴むと、身長差を縮めるようにグイと顔を近付けた。

吐息が触れ合いそうな程の距離だが、遥も灰崎も動揺を見せぬまま目を逸らすこともない。


「このままヤれるとこまでヤっちまうっての、おもしろくね?」

「………やっ…!」


重なったのは一瞬。

唇に温もりを感じた途端に飛び出した掌は、端から避ける気のなかった灰崎の頬に清々しい程に命中した。


「いってー…」


叩かれた頬に手を添えながら言ったものの、その顔は酷く愉快そうである。

射抜くような視線に縛られながらも逃げ出さなかったのは、この場合吉なのか凶なのか。

ひとしきり余韻を噛みしめてから、灰崎はすっかり興味を失ったかのように遥に背を向けるとひらひらと片手を振ってみせた。


「萎えたから今日部活休むわ」

「…叩いたのは謝らないよ」

「いらねーよ、そんな謝罪。お詫びにヤらしてくれんなら考えてやるけど」


まぁそうなったら、アイツらどんな顔するんだろうな───遥は返事を返さなかった。

灰崎もそれ以上何も言わず、気怠げに頭を掻きながら去っていく。


「そういう相手に困ってないくせに」


小さくなっていく後輩の背を見送りつつ、遥は僅かに赤みの残る掌を覆い隠した。




メタファーに潜む

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