(コル・レオニスの行方の続き)


「え…?」

「お久しぶりです」


動揺を露にしている遥とは対照的に、颯爽と目の前に現れた彼は落ち着いていた。

涼しげな顔の彼は、つい先程別れたばかりの友人のチームメイトでもあるのだが、それ以前に遥にとって掛け替えのない存在だったのだ。


「玲央なら10分前ぐらいに別れたばっかりだから、多分まだ近くに…」

「ああ、それを見計らって来たので」


あっさりと遮られてしまい、遥は再度目を丸くする。

年は1つ下とは言え、彼───赤司征十郎は遥より何枚も上手のようである。


「えっ……と、今日2軍の練習試合だったんだよね?」


戸惑いながらも、共通の知り合いである実渕から聞かされていた情報を振れば、後輩からは肯定の返事が返ってきた。

京都の高校に在学中である彼らが今日此処東京にいるのは、練習試合の付き添いのためだったのだ。

結果は訊ねるまでもなかったわけだが───10分程前、確か帰りの集合時間がどうこう言いながら、実渕はこの東京駅の雑踏へ消えていったはずである。


「玲央は時間にルーズではないからね。余裕を持って貴女と別れたんでしょう」

「征十郎は急がなくていいの?」

「僕に急げ、と?」


フッ、と余裕たっぷりに左右異なる虹彩の双眸を細めた彼の口角は、僅かながら楽しげに引き上げられていた。

少し幼さも残る整った顔立ちのせいか、その表情はいっそ妖艶な程である。

今この場に彼の仲間たちがいたならば、"あの赤司征十郎にわざわざそんなことを言うのはお前ぐらいだ"と蔑んだことだろう。


「せっかく世話になっている貴女に会うために抜けてきたというのに…七瀬先輩は早く帰れと仰るんですね」

「え…」

「玲央との時間を邪魔しないよう、僕なりに配慮したつもりなんですが」

「う…」

「どうしました?」


遥の性格を知ってか知らずか───否、勿論前者だろうが───赤司は別の角度から畳み掛ける。

むっと不満げに唇を尖らせた遥から零れたのは、やはり不満に満ちた声だった。

彼から異質と認められている彼女からしても、彼自身の特出したそれに敵うことはない。


「……バカにしてるでしょ」

「まさか」


間髪を入れず否定の語を紡いだ赤司だったが、すぐさま見合う言葉を付け足した。


「貴女をバカにするなど有り得ない」

「ほんとに?」

「僕が嘘をつくとでも?」


また先程と同じ流れになりそうで、眉を下げた遥は言い淀む。

いつだってそうなのだ。

"完璧"な存在である彼は、出会ったあの日から、いとも簡単に全てを抜き去っては全てをその手中へ収めてしまう。

今だって全てを読んだ上で全てを操り、そして自身の欲を満たしているのだ。


「一生勝てそうにないね」

「…当たり前だ。逃がすはずがないだろう」


擦れ違う会話と裏腹に、2人の視線は交わり距離は縮まっていく。

遮るものは何もなく、あるのは見えないタクトだけだ。


「本当に昔から貴女は悩みの種ですよ、七瀬先輩」


伸ばされた掌が触れたのは、柔らかな少女の頬。

そこから伝わる熱すら支配してしまうかのように、彼は更に一歩踏み出した。

さて、奪い奪われた勝敗は───?




ナヴィガトリアの領域

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