靄がかかって先が見えない迷路に迷い込んでしまったような悶々とした思いを抱え、黄瀬はその整った容貌に影を落とした。

バスケ部に入部してから、目標のようなものや仲間と呼べる者にも出会ったし、モデル業も順調。

そんな一見何不自由ないように思われる彼の脳内を占めているのは、たった1人の少女だった。


「何でかなー…」


零れ出た疑問は誰の耳に届くこともなく消えていく。

彼の黄色い大きな瞳が追うのは、今体育館内でせっせと業務をこなしているマネージャーだ。

黄瀬たち選手が休憩中であっても、マネージャーに休憩はない。


「………」


と、そのとき後輩マネージャーに指示を出したり主将に声をかけたりと忙しなく動いていた彼女が、ふと振り返って黄瀬の方を見た。

そしてそのまま、すたすたと歩み寄ってくる。


「どうしたの黄瀬くん。顔色悪いけど…体調悪い?」

「や、大丈夫っスよ。ちょー元気っス……う!?」


突然、遥は両手で黄瀬の頬を挟んだ。

何の前触れもなくいきなり顔を固定された黄瀬は、されるがまま目を白黒させている。

だがそんなことはお構いなしに、先輩マネージャーは後輩を正面から見定めていた。


「体調は悪くなさそうだけど…いつもよりキラキラしてないね」


キラキラというのは、彼女から見た黄瀬の印象で最もよく使われる擬音である。

体調とは別のところにあるその原因まで見透かされてしまいそうで、黄瀬は慌てて目を逸らしたがすぐに思いとどまった。

隠すことが出来ないなら、いっそ───


「……センパイ、"可愛い"とか"好き"とかそーゆーのが伝わらないときって、どーしたらいーんスか」


遥の眉が八の字を描く。


「黄瀬くんカッコいいから、みんなすぐ喜びそうなのにね」

「そんなカンタンなもんじゃないんスよ」


不可解だと言わんばかりに、遥は口を尖らせた。

目立つ容姿に目立つレッテル、何もしなくとも女子生徒を虜にしてしまうような彼に、甘い言葉を投げ掛けられて靡かない人物がいるというのにも驚きだが、彼がそれを痛く気にしているというのにも驚きである。


「伝わらないなら伝えるしかないんじゃないかな」

「え?」

「黄瀬くんが伝えたいなら、どうにかして伝えるしかないんじゃない?」

「───そう、っスね」


自嘲にも見える苦笑を漏らすと、黄瀬は何かを振り払うように頭を振ってみせた。

そして次の瞬間現れたのは、いつにもまして真剣で、獲物を食らいつくしそうな程に獰猛で、しかしどこか危険で蠱惑的な香りさえ纏う彼。


「遥センパイ」

「ん?」

「何してても可愛いとかマジ反則」

「…え?」

「怒ってるセンパイも笑ってるセンパイも泣いてるセンパイも、どんなセンパイも好き。大好き」

「…う、ん」

「ウソじゃないから。誰よりもセンパイの近くにいたいって思ってる」

「…………」

「だからセンパイにもオレを見てほしい。オレだけを見て」


胸を射抜くような眼差しに、居心地悪そうにそわそわと視線を彷徨わせた遥は、やっとの思いで言葉を押し出した。


「……………もう見てるよ」


今は黄瀬くんしか見えない───と続くはずだった言葉は、満面の笑みで飛びついてきた黄瀬本人によって尻すぼみに消えていく。

この後遥の悲鳴を聞きつけて青峰や黒子、緑間が血相を変えて飛んできた挙げ句、赤司からの重圧を受けることとなる黄瀬ではあるが、少しは靄が晴れたのか清々しい様子で休憩後も練習に打ち込んだのだった。




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