休み時間、教室の中も外の廊下も生徒たちの賑やかな声で溢れかえっている最中、色々な意味で有名である彼が、これまた色々な意味で有名である彼女に声をかけた。


「遥ー」

「あ、鉄平だー」


名を呼ばれた彼女が小走りで彼のもとへと駆け寄れば、周りにいた同級生たちがスペースを作りながらざわめく。

その声に嫉妬や羨望が入り乱れているのだが、中学生の頃からの知り合いであるこの2人が気付くはずもない。


「どうしたの?今日部活休みって、リコからメールきたはずだけど…」

「知ってるよ。だから一緒に帰らないか?ばぁちゃんが遥に会いたがってるんだ」


もはや"一緒に帰る"ではなく"家に招く"ではないか───周りで聞き耳を立てざるをえない同級生たちは、心中でツッコんだ。

だが彼ら彼女らの声なきツッコミは、まだ続く。


「最近遊びに行ってなかったもんね」

「忙しかったもんな」


木吉の大きな手が遥の頭へと伸ばされた。

そこをぽんぽんと優しく叩いた後、髪を梳くように滑り落ちていく。

身長と同じく大きく逞しい手からは、慈愛しか感じられない。

BGMに歯軋りが聞こえんばかりではあるが、当の遥は慣れた様子ではにかんでいる。


「私、鉄平の手好きだな」


頭を撫でていた彼の手を捕まえ、遥はまじまじと見つめながら言った。

遥のものと比べて数段大きく数段固く、数段厚みのある木吉の手は同じ"手"だというのに彼女のものとは全く異なるもののようである。


「凄く安心する」

「なら一緒だな」


遥は不思議そうに木吉を見上げた。

大きな彼を近距離で見上げるとかなり急な角度となってしまうのだが、もうそれも慣れたものだ。

それより、かれこれ何年も付き合いがあるというのに、彼の言動は未だに理解出来ないことの方が多い。


「一緒?」

「遥がいると安心する。頑張れるってゆーか…いや、違うな」


疑問から困惑へと遥の表情が移り変わったのに対し、ギャラリーたちの表情は青白くなってしまっている。

そして次の瞬間、一転して真っ赤になった。

同じタイミングで、遥の体が男子生徒用の制服に隠れてしまう。


「遥がいないと駄目だ」

「……嬉しいけど、恥ずかしいね」


日溜まりの如く幸せそうな空気を纏っているのは、廊下の一角で抱き合う2人の周りだけだった。

その甘く柔らかく暖かな空気を裂いたのは、呆れ顔を通り越して無表情な教師だ。


「木吉ー、七瀬ー、お前たちが思い合ってるのはよーく分かったから、早く教室戻れー」


授業の合間にメロドラマのようなラブシーンを見せつけられ、すっかりHPを刮がれたギャラリーたちは、救世主の号令を合図に重い足取りで各々教室へと戻っていった。

今日も誠凛は平和である。




弁えて下さい

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