(日常)


「だから、行かないってば!」


桃井さつきは眉を吊り上げ、語気を荒げて言った。

先程から同じ文言を繰り返しているというのに、彼女の前に立ち塞がる男たちはむしろそれを喜んで聞き流しているようだ。

この辺りでは少々有名なあの帝光の制服に身を包んだ桃色の髪の少女は、男たちからすれば格好の獲物なのだろう。

ちなみに彼らの制服から判断すると、どうやら隣町のあまり評判の宜しくない高校の生徒らしい。


「帰る途中なんだろ?じゃあいいじゃん」

(何が!?)


反射的に飛び出しそうになったツッコミを飲み込み、さつきは唇を噛み締める。

彼らを振り切って逃げれないことはないだろうが、男女の運動能力差を考えると捕まる可能性の方が高そうだ。

幼馴染みも気になる相手も傍にいない今、さつきに残された手段は気を抜かず威嚇し続けるということぐらいだった。


「あ、さつきちゃんだ」


と、そのとき、この場に似付かわぬ明るい声が響いた。

さつきと同じデザインの制服を纏っている彼女は、男たちをものともせずに歩み寄ってくる。


「"今日はおばあちゃんが家に来るから早く帰らないと"───って言ってなかったっけ?」

「遥せんぱいっ!」


さつきは勢い良く、事態を把握していない様子の先輩へ飛びついた。


「どうしたの?」


縋りつく後輩の頭を慰めるように撫でながら、遥は不思議そうに問う。

どうやら男たちの存在は完全にアウト・オブ・眼中らしい。

何故か口を挟めないその仲睦まじげな雰囲気に、男たちの表情が翳っていく。


「じゃあ、帰ろっか」

「はいっ!」


一体何の"じゃあ"なのかさっぱりだったが、さつきは力強く頷いた。


「いや、待て待て待て待て!」


空気を断ち切らんと、完全に蚊帳の外状態な男たちから"待った"がかかる。

漸く彼らの存在をその視界に入れた遥は、困惑のような憐れみのような、"何か"を含んだ眼差しを返した。


「確かにこの子は可愛いけど、やめた方がいいですよ。後で後悔するのはそちらです」

「はぁ?」


一見、先輩のこの発言は後輩を否定しているようにも聞こえる。

が、遥やさつきのことを知っており、また彼女たちの相関図を知っている者がこの場にいたなら、納得と同情の溜め息を吐いただろう。


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