(甘さ皆無)


遥がこの道を通ったのは、本当に偶然だった。

母親が注目していた洋菓子店がこの辺りにオープンしたと聞いたため、散歩がてら少し足を伸ばしたというだけなのである。

そうでなければ、誠凛バスケ部員にとってあまりいい思い出のないこの学校───霧崎第一高校の前を通るなど有り得ない選択肢だろう。

巷ではお坊ちゃん校と評判の校舎をちらりと見やると、遥は早足でその校門前を駆け抜けた。

"悪童"と名高い彼の人を小馬鹿にしたような笑みと、"鉄心"と名高い彼の苦痛で歪んだ表情が脳裏にチラつき、遥の胸中に影を落とす。

それらを振り切り気持ちを切り替えようとした矢先、タイミングが悪かったのか、一番聞きたくなかった人物の声が飛び込んできた。


「───七瀬遥」


耳を疑う余裕もないまま、寒気を感じ身を強張らせた遥。

背後から足音が近付いてくる。

肩に手を置き身を屈め、覗き込むように顔を寄せたのは、霧崎第一高校きっての秀才───花宮真だった。

坊っちゃん校・霧崎第一高校の制服をきちんと着込み、ネクタイもしっかり結ぶなど、身形は如何にも優等生であるが、その腹の内はけして"優等生"と呼べるものではないことを、遥は身をもって知っている。


「やあ、久しぶり」


ニッコリ、という言葉が相応しいような笑みを口元に貼り付けている花宮だったが、遥はその笑顔を前にすぐに言葉を紡げずにいた。

たった5文字のありきたりな定型文が言えない。


「ふはっ、酷い顔だな」


茶化すように笑ってみせると、花宮は鋭い眼差しを遥へと滑らせる。

遥はより一層身を固くした。

その姿を上から下まで流し見る視線に含まれているのは、単なる好奇か、それとも───。


「アイツは一緒じゃねーのか」

「………違うよ」

「へぇ…マジメ同士、相変わらず仲良しこよしで宜しくやってるかと思ってたよ」


花宮の言う"アイツ"とは、遥たちの学年では少々有名な彼、木吉鉄平のことである。

遥にとっては中学生の頃から知っている友人で仲間、花宮にとってはおそらく最も気に食わない人物の1人。


「いつも一緒ってわけじゃないし、今日は1人だよ」

「元帝光の有名人が休日に1人か……格好のエサだな」

「───!?」


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